旧約における預言中すでに間然する所なく成就したものが少なくない。なかんずくバプテスマのヨハネの出現、主イエスの生誕及びその受難等に関するものは最も著しき例である。「視（み）よ、我れわが使者を遣わさん。彼れわが面（かお）の前に道を備えん」（マラキ三の一）といい、「見よ、処女（おとめ）孕（はら）みて子を生まん」（イザヤ七の一四）といい、「その六十二週の後にメシア絶たれん。ただしこれは自己（おのれ）のためにあらざるなり。また一人の君の民来たりて邑（まち）と聖所（きよきところ）とを毀（こぼ）たん（紀元七十年のエルサレム滅亡）」（ダニエル九の二六）というがごとき、またイザヤ書五十三章のごとき、その他挙げ来たれば際限がない。実に今や歴史をもって預言を証明し、事実をもって旧約を解釈するは、甚（はなは）だ愉快にしてかつ困難ならざる事業となったのである。

しかしながら旧約中の主要なる預言にして未だ全く充（みた）されざるままに存（のこ）しているものもまた決して少なくない。しかしてすでに充（みた）されたる預言が人生の希望に関する最も高貴なるものなりしがごとく、未だ充（みた）されざる預言もまた全人類の運命に関する極めて重大なるものである。

その第一はイスラエルに関する預言である。イスラエルはいわゆる選民であった。彼等の始祖アブラハムは特にその国と親族と父の家より別たれて、神の示したもう地に至らん事を命ぜられた。また彼によりて天下の諸々の宗族（やから）は福祉（さいわい）を得ん事を約束せられた。しかしてアブラハムに対する神の約束はまたイサク、ヤコブに対しても繰り返された。このごとくにして選ばれたるイスラエルが、異邦の民と異なる特別の使命を帯ぶるは実に当然である。異邦の歴史は人の生活を前景とし、神の摂理を背景とするに対し、イスラエルの歴史は神を前景に、人を背景に立たしむるものである。歴史は偉人の伝記なりとの真理もイスラエルについては必ずしも妥当でない。彼等にありては歴史は神の計画の直接なる発表であった。世界何の邦にかイエス・キリスト出現以前に神の意思について明白なる啓示を受けたるの民があるか。およそ全地の表面に散らされたる叛逆の民等（創世一一の八）が再び神を憶（おも）うの機会は、わずかにこれを天然と良心とに委ねらるるに過ぎなかった（ロマ一章参照）。しかるに独（ひと）りカナンの地を与えられしアブラハムとその子孫とは、常に親しく神の声を聴くことを許された。神は先ず限りなき恩恵の約束をもって彼等を導きたもうた。次に峻厳なる律法をもって、人に対する神の要求の何たるかを示したもうた。従ってまた人その罪のゆえにいかばかり神の要求に副（そ）うの難（かた）きかを明らかならしめたもうた。しかしながらかく律法をもって人を罪の下に閉じ籠めたまいしは、これを信仰に導かんがためであった（ガラテヤ三の二二）。ゆえに神はまた同時に幕屋の儀式と祭司の職分と献供の祭事とを制定して、もって救贖（きゅうしょく）の途（みち）の那辺（なへん）に開かるべきかを予（あらかじ）め悟らしめたもうた。しかるにイスラエルのこれを悟らず、かえって罪を重ぬるを見たもうや、神はさらに幾多の預言者を送りて、切々にその悔い改めを促したもうた。

約束あり、律法あり、預言あり、イスラエルの歴史を織り成す経糸（たていと）はかくも鮮やかなるものであった。これ皆他のいずれの民族も有せざる所の特権である。イスラエルは実に選民の名をもって自ら誇るに足る。彼等は救い主出現の暁（あかつき）に、躊躇（ちゅうちょ）する所なくこれを迎えて、その福音を万邦に宣伝せんがために選ばれたのである。彼等もまた「燈（ともしび）を執（と）りて新郎（はなむこ）を迎えんがために選ばれたる十人の童女（むすめ）」であった。しかしながら彼等は果たしてその備えをなしたか。新郎（はなむこ）初めて来たりし時にも、燈（ともしび）と共に油を携えたる賢き童女（むすめ）はいと少数であった。イスラエルは全体として愚かなる童女（むすめ）であった。油を買わんとて往きし間に、婚筵の門は閉ざされて、選ばれたる彼等はかえって外に残さるるに至った。見よ千三百万のユダヤ人今いかにしてありや。国なく地なく、かつ福音のために何の勤むべき役目もなくして、空しく諸方に散らされているのである。キリストは異邦人に迎えられ、選民今はかえって斥けられたるの民である。かくて「イスラエルの子等は、多くの日、王なく君なく犠牲（いけにえ）なく表柱（しるしのはしら）なくエポデなくテラピムなくしておらん」（ホセア三の四）、「我すなわち命（めい）を下し、篩（ふるい）にて物を篩（ふる）うがごとくイスラエルの家を万国の中（うち）にて篩（ふる）わん。一粒も地に落ちざるべし」（アモス九の九）、との旧（ふる）き預言はそのままに成就したのである。

しかしながらイスラエルはかくしてついに滅ぶべきであろうか。彼等は果たして亡国の民であるか。否、史家は言う、ユダヤ人の保存は聖書の保存と共に最も驚くべき事実であると。イスラエルの使命は今なお決して廃滅に帰さないのである。彼等の未来はその過去のごとくに、否むしろさらに光輝あるものである。神は再び彼等を集め、彼等の心に大いなる信仰を起こし、しかして末の日に彼等を中心として万民に恩恵を施さんと欲したもうのである。見よ、未だ充（みた）されざる左のごとき預言を。

汝の目を挙げて、汝のおる所より西東北南を瞻望（のぞ）め。およそ汝が見る所の地は我これを永（なが）く汝の裔（すえ）に与うべし。（創世一三の一四、一五）
汝たとえ天涯（てんがい）に逐（お）いやらるるとも、汝の神エホバそこより汝を携え帰りたまわん……しかして汝の神エホバ汝の心と汝の子等の心に割礼を施し、汝をして心を尽くし精神を尽くして汝の神エホバを愛せしめ、かくして汝に生命（いのち）を得させたもうべし。（申命三〇の一〜六）
見よ、我れわが震怒（いかり）と憤恨（いきどおり）と大いなる怒りをもて彼等を逐（お）いやりし諸（もろもろ）の国より彼等を集め、この処（ところ）に導き帰りて、安然（やすらか）におらしめん。彼等は我民（わがたみ）となり、我は彼等の神とならん。（エレミヤ三二の三七、三八）
我彼等に唯一（ひとつ）の心を与え、新しき霊を汝等の衷（うち）に授けん。（エゼキエル一一の一九）
末の日にエホバの家の山は諸（もろもろ）の山の頂に堅く立ち、諸（もろもろ）の嶺よりも高く挙がりて、すべての国は流れのごとくこれにつかん。多くの民往きて相語り曰わん、いざ我等エホバの山に登り、ヤコブの神の家に行かん、神我等にその道を教えたまわん、我等その路（みち）を歩むべし云々。（イザヤ二の二〜三）

誠に「幾分のイスラエルの頑梗（にぶき）は異邦人の数満つるに至らん時まで」である（ロマ一一章）。アブラムの聖別に始まりしイスラエルの使命は、末の日に至りてついに成就するのである。遠大なるかな、ユダヤ人の希望！未だ充（みた）されざる旧約の預言の第二は異邦人に関するものである。アブラム神に召されて以来、イスラエルが選民として神の子の来臨に備えつつありし間、異邦人は暫（しばら）く救贖（きゅうしょく）に関する神の計画の矢面（やおもて）に立つ事を許されなかった。しかしながら彼等は決して神の目より斥けられたのではない。曰う、「至高者（いとたかきもの）人の子を四方に散らして万（よろず）の民にその産業（もちもの）を分かち、イスラエルの子孫（ひとびと）の数に照らして諸（もろもろ）の民の界（さかい）を定めたまえり」と（申命三二の八）。彼等の産業（もちもの）と地の界（さかい）とはまたエホバの定めたまいし所にして、しかもその選民との関係を最も適当に顧慮してこれをなしたまえりとの義である。ゆえに異邦人は救贖（きゅうしょく）の器として選ばれざりしも、その目的物として均（ひと）しく摂理の聖手（みて）の下に在（あ）ったのである。イスラエルの選ばれたるはすなわち異邦人のためであった。しかるに選民一度（ひとた）び躓（つまづ）くや、その使命は暫（しばら）く移されて異邦人に渡った。「オリブの幾許（いくばく）の枝折られて、野のオリブこれに接（つ）がれ」たのである。ここにおいてか異邦人の責任はその名誉と共にまた甚（はなは）だ重しと言わざるを得ない。

しかるに異邦人もまた全体として躓（つまづ）きつつある。千九百年間のキリスト教歴史は明らかにこの事を証明するのである。その使徒時代末期における異端との結合、その四乃至七世紀における国家との抱擁、その長き中世時代における法王制度の腐敗、その近世における批評主義の跋扈（ばっこ）、殊（こと）に現代におけるキリスト教国の堕落のごとき、決して「嘉（よ）きオリブの根によりその汁漿（うるおい）を受くる」所の接枝（つぎえ）の状態ではない。殊（こと）に異邦人の大多数は今に至るまでユダヤ人と均（ひと）しく福音の敵である。このごとくにして彼等自身もまた早晩切り棄てられんとするの危険においてあるのである。

しかしながら異邦人の最後もまた滅亡ではない。

天下の諸（もろもろ）の宗族（やから）汝によりて福祉（さいわい）を得ん。（創世一二の三）
諸（もろもろ）の国は汝の光に行き、諸（もろもろ）の王は照り出（い）づる汝が光輝（かがやき）に行かん。（イザヤ六〇の三）
時来たらば諸（もろもろ）の国民（くにびと）と諸（もろもろ）の族（やから）とを集めん。彼等来たりてわが栄光を見るべし。（イザヤ六六の一八）
我れ彼等（イスラエル）及びわが山の周囲（まわり）の諸（もろもろ）の処に福祉（さいわい）を下し、時に従いて雨を降らしめん。これすなわち福祉（さいわい）の雨なるべし。（エゼキエル三四の二六）

その他類似の預言は一々挙げて数えることが出来ない。しかしてこれらの預言の成就は何の日においてあるか。過去においてあらず、現在においてあらず、もし神の預言にして失（う）する事なく必ず充（みた）さるべきならば、異邦人の前途また極めて多望である。イスラエルと異邦人との間に超ゆべからざる墻壁（しょうへき）を樹（た）つるものは旧約聖書である。されども末の日において彼等が均（ひと）しく福祉（さいわい）の雨に浴すべきを預言するものもまた旧約聖書である。

イスラエルの完成と異邦人の救済とに次いで、旧約聖書はまた万物の改造を預言する。万物はその創造の初めに当りてことごとく神の善（よ）しと見たまいし所であった。しかるに人の堕落は延（ひ）いて天然の敗壊（やぶれ）を招くに至った。アダムその妻の言を聴き神の禁じたまいし樹の果（み）を食らいしによりて、「土は彼のために誼（のろ）われ」たのである（創世三の一七）。爾来（じらい）万物に元始（はじめ）の調和は失われて、天然界もまた人と共に争闘荒敗の奴（しもべ）となった。狼は小羊を噛み、獅子は小牛を襲い、蛇と蝮とは毒気を貯（たくわ）え、荒野と砂漠とは死の蔭に蔽われ、山と岡とは憂色を帯びて黙（もく）し、野にある木はしばしば悲調を奏（かな）でている。人よ、万物に同情せよ。その日夜絶えざる無声の呻吟（しんぎん）に耳を傾けよ。しかして祈るべき所を知らざる彼等のために自ら言いがたきの歎（なげき）をもって祈れよ。彼等の受けつつある呪誼（のろい）の責任は実に汝人類に在（あ）るではないか。

しかして人類の完成を約束する旧約聖書は、同時に万物の完成をも預言するのである。すなわち神の救済は人類より天然にまで及ぶべしという。すべての受造物（つくられしもの）は敗壊（やぶれ）の奴（しもべ）より脱（のが）れて神の子の自由に参与すべしという。かくて預言者の目に映じたる新しき世界の姿はいと鮮やかなるものであった。

狼は小羊と共に宿り、豹は小山羊（こやぎ）と共に臥（ふ）し、犢（こうし）小獅子（おじし）肥えたる家畜（けだもの）共にいて小さき童子（わらべ）に導かれ、乳子（ちのみご）は毒蛇（どくじゃ）の洞（ほら）に戯（たわむ）れ、乳離（ちばな）れの児（こ）は手を蝮（まむし）の穴に入れん。かくてわが聖（きよ）き山の何処（いずこ）にても害（そこな）う事なく傷（やぶ）る事なからん。そは水の海を蔽えるごとくエホバを知るの知識地に充（み）つべければなり。（イザヤ一一の六〜九）
荒野（あれの）と湿（うるお）いなき地とは楽しみ、砂漠は喜びてサフランの花のごとくに咲き輝かん、盛んに咲き輝きて喜びかつ喜びかつ歌い、レバノンの栄えを得カルメル及びシャロンの美わしきを得ん。彼等はエホバの栄えを見、我等の神の美わしきを見るべし。（同三五の一〜二）
山と岡とは声を放ちてみまえに歌い、野にある木は皆手を拍（う）たん。（同五五の一二）
見よ我れ新しき天と新しき地とを創造す。（同六五の一七）
エホバ統御（すべおさ）めたもう。全地は楽しみ多くの島々は喜ぶべし。（詩九七の一）

美わしきかな平和と歓喜と生命とをもって充（み）つるの天地。しかしてこれ未だ充（み）たされざる預言の第三である。

イスラエルと異邦人と万物、彼等は現在においてあるいは棄てられ、あるいは躓（つまづ）き、あるいは呪われている。しかしながら神は完全なる自由と栄光とをもって彼等の将来に備えたもう。神はいかにしてこの限りなき恩恵を実現したもうのであるか。全人類とすべての受造物（つくられしもの）との完全なる救済のために神の取りたもうべき最後の方法はいかん。旧約の預言は自らここに及ばざるを得ない。しかしてこの点に関するエホバの黙示はまた極めて光輝あるものである。すなわち栄光の王の出現及びその政治（まつりごと）に関する預言はその一である。主の日に関する預言はその二である。

栄光の王とは誰ぞ。一度（ひとた）び来たりて苦難を受けたるメシアすなわちキリストである。苦難と栄光とは預言者がキリストについて伝えたる二大証明であった。「イエス曰いけるは、預言者のすべて言いたる事を信ずる心の遅き愚かなる者よ。キリストはこれらの苦難を受けてその栄光に入るべきにあらずや」（ルカ二四の二五、二六）。「汝等が受くる所の恩（めぐみ）を預言せし預言者等はこの救いに係わる事を探索（さぐりもと）めかつ推究（おしたず）ねたり。すなわち彼等その衷（うち）に居るキリストの霊、キリストの受けんとする苦難（くるしみ）とその後得んとする栄光とを預（あらかじ）め証（あかし）したる、こはいずれの日いかなる時を示せると推究（おしたず）ねたり」（前ペテロ一の一〇、一一）。彼等は遂にキリストの栄光がいずれの日において実現すべきかを明白に知る事が出来なかった。しかしながらそのいずれの日なるにもせよ、キリストは必ず栄光を帯びて来たりたもう。しかして全人類と万物とに完全なる救いを施し、とこしえに平和の政治（まつりごと）を行いたもうとは、彼等の受けたる至高の黙示にして、またその動かすべからざる確信であった。

杖ユダを離れず、法（のり）を立つる者その足の間を離るる事なくして、シロ（平和の人）の来たる時にまで及ばん。彼に諸（もろもろ）の民従うべし。（創世四九の一〇）
門（かど）よ、汝等の首（こうべ）を挙げよ。永久（とこしえ）の戸よ、上（あが）れ。栄光の王到りたまわん。（詩二四の七）
政事（まつりごと）はその肩にあり。その名は奇妙また議士また大能の神、永遠（とこしえ）の父、平和の君と称えられん。その政事（まつりごと）と平和とは増し加わりて窮（かぎ）りなし。（イザヤ九の六、七）
正義をもて貧しき者を審判（さば）き、公平をもて国の中の卑（いや）しき者のために断定（さだめ）をなし云々。（同一の四）
万軍のエホバ……この山にて諸（もろもろ）の民の被（かぶ）れる面（かお）覆いと諸（もろもろ）の国の蔽える外衣（おおいぎぬ）とを取り除き、永久（とこしえ）まで死を呑みたまわん。主エホバはすべての面（かお）より涙を拭い、全地の上よりその民の凌辱（はずかしめ）を除きたまわん。（同二五の六〜八）
汝の死ぬる者は生き、わが民の屍（かばね）は起きん。塵に伏す者よ、醒めて歌うたうべし。汝の露は草木（くさき）を湿（うるお）す露（つゆ）のごとく、地は亡（な）き魂（たま）を出（いだ）さん。（同二六の一九）
シオンの女（むすめ）よ、大いに喜べ。エルサレムの女（むすめ）よ、呼ばわれ。見よ、汝の王汝に来たる……我れエフライムより車を絶ち、エルサレムより馬を絶たん。戦争弓（いくさゆみ）も絶たるべし。彼れ国々の民に平和を諭（さと）さん。その政治（まつりごと）は海より海に及び、河より地の極（はて）に及ぶべし。（ゼカリア九の九、一〇）
我また夜の異象（まぼろし）の中（うち）に見てありけるに、人の子のごとき者雲に乗りて来たり、日の老いたる者の許（もと）に到りたれば、すなわちその前に導きけるに、これに権（けん）と栄（さかえ）と国とを賜いて、諸民（しょみん）諸族（しょぞく）諸音（しょいん）をしてこれに仕えしむ。その権（けん）は永遠（えいえん）の権（けん）にして移り去らず。またその国は亡ぶる事なし。（ダニエル七の一三、一四）

人の子のごとき者雲に乗りて来たる。彼は栄光の王すなわち「諸（もろもろ）の主の主王の王」である。彼は死者を復活せしめ、大いなる審判（さばき）を行い、万物をその権威の下に服せしめ、全世界に平和を諭（さと）し、しかして永遠に亡びざる聖（きよ）き福（さいわい）なる国を実現すべしと。実に壮大窮（かぎ）りなき預言である。しかしてこの預言の未だ全く充（みた）されずして存する事は言うまでもない。メシアはすでに一度（ひとた）び来たりしといえども、彼によりて充（みた）されしものはその苦難に関する預言のみであった。受難者として、彼はいみじくも旧約の貴き半面を完成した。しかしながら均（ひと）しく貴き他の半面は今なお約束のままである。キリスト甦りて天に昇り父の右に坐したるは、すなわち栄光たるに相違なしといえども、これ彼のやがて受くべき大栄光の発端たるに過ぎなかった。後彼れ再び地に来たりて「諸（もろもろ）の政及び諸（もろもろ）の権威と能（ちから）とを滅ぼし、国を父の神に付（わた）さん」その時に至り、キリストの栄光は初めて完成するのである（前コリント一五の二四）。彼の復活と昇天とは実は再臨の準備である。再臨を信ぜずしてキリストの栄光を解することは出来ない。しかしてキリストの栄光を解せずして復活昇天は全く無意義に終る。その事は前掲のルカ伝二十五章二十六節に記されたるエマオ途上における復活の主自身の解説と、ペテロ前書一章十、十一節におけるペテロの証明とに照らして疑いの余地がない。何となれば預言者の明白に預言したる栄光は、メシアの復活または昇天にあらずして、その王としての出現及び治政（すなわち再臨）であった。しかして主自身も使徒ペテロも、主の復活を説明せんとして、この預言者の証明すなわち再臨の栄光を持ち出したからである。再臨の光をもってする復活の説明、これイエス及びペテロの下したる解釈であった。何のための復活ぞ、再臨せんがためである。復活体とは何ぞ、再臨の時の状態である。復活に基づくペンテコステの日の出来事すなわち聖霊の降臨と、それ以来の臨在とは何ぞ、信者をして再臨の主を迎えその恩恵に与（あずか）らしめんがための質（かた）である（後コリント五の五、エペソ二の一三）。キリストとの霊的交通によりて享（う）くる歓喜と平安と自由とは何ぞ、信者もまた復活体を賦与せられ面（かお）を合わせて主と相見（あいまみ）ゆべきその時の経験の前味ではないか。嘲者（あざけるもの）あるいはいう、再臨信者は聖霊の内在と霊的交通とによる喜ばしき実験を味わわざる者であると。何ぞ知らん、この言（げん）かえって嘲者（あざけるもの）自身の信仰状態を裏切るものなる事を。

栄光のメシアの出現及び神の国の設置がいずれの日において成るべきかは預言者の知らざる所であった。しかしながら彼等はこの最後の恩恵の実現せんとするや、必ず大いなる特徴のこれに伴うべきを啓示（しめ）された。そは全く他の時と区別せらるべき特別の時期である。ここにおいてか旧約聖書の一大偉観たるいわゆる「主の日」に関する多くの預言は発生したのである。

主の日とは主の完（まった）き顕現及びその前後の著るしき時をいう。ゆえにそは最大歓喜の日なると共にまた最大恐怖の時である。何人のために歓喜の日なるか、彼を待ち望む者のためにである。何人のために恐怖の時なるか、彼にそむきし者のためにである。新婦（はなよめ）の新郎（はなむこ）を慕うがごとく真実にキリストを慕いその来たるを待ち焦（こが）るる者に取りて、いずれの日かこれよりも喜ばしかろう。

シオンの子等は己が王のゆえによりて喜ぶべし、彼等躍りつつその聖名（みな）をたたえ琴鼓（ことづつみ）にてエホバをほめ歌うべし。（詩一四九の二、三）
天は喜び、地は楽しみ、海とその中に盈（み）つる者とは鳴りどよみ、田畑とその中のすべてのものとは喜ぶべし……エホバ来たりたもう。地を審判（さば）かんとて来たりたもう。（詩九六の一一〜一三）

しかしながら主の日の顕著なる特徴はむしろその異常なる畏ろしさにおいてある。けだしこれ叛逆者に対する最後にして最大なる警告と審判（さばき）との時であるからである。Ｆ・Ｃ・オットマン氏曰う、「およそ世界の文学中人の恐怖心に訴えるものにして、かのヘブル預言者が主の日の到来を描く言のごときはない」と。

エホバ立ちて地を震動せしめたもう時、人々はその恐るべき容貌（かたち）とその稜威（みいつ）の光輝（かがやき）とを避けて、巌（いわ）の洞（ほら）と地の穴とに入らん……汝等鼻より息の出入（いでいり）する人に倚（よ）る事をやめよ。かかる者は何ぞ数えるに足らん。（イザヤ二の一九、二二）
地に住む者よ、恐怖（おそれ）と陥穴（おとしあな）と罠とは汝に臨めり。恐怖（おそれ）の声を脱（のが）るる者は陥穴（おとしあな）に陥り、陥穴（おとしあな）の中より出づる者は罠にかかるべし。そは高き所の窓開け、地の基（もとい）震動すればなり。地は砕けに砕け、地は破れに破れ、地は揺れに揺れ、地は酔える者のごとくよろめきによろめき、仮庵（かりや）のごとくふり動く。その罪はその上に重く、遂に倒れて再び起くる事なし。（イザヤ二四の一七〜二〇）
見よ、災（わざわい）出（い）でて国より国に至らん。大いなる暴風（あらし）地の極（はて）より起こるべし。その日エホバの殺したもう者は地の此（こ）の極（はて）より地の彼（か）の極（はて）に及ばん。彼等は悲しまれず集められず葬られずして地の面（おもて）に糞土（ふんど）とならん。（エレミヤ二五の三二、三三）
エホバの大いなる日畏るべき日の来たらん前（さき）に、日は暗く月は血に変わらん。（ヨエル二の三一）
その日は忿怒（いかり）の日、患難（なやみ）及び痛苦（くるしみ）の日、荒れかつ亡ぶるの日、黒暗（くらやみ）また小暗（おぐら）き日云々。（ゼパニア一の一五）

誠実をもて預言者の言を聴くべし。さらば誰か主の日を思うて戦慄しないであろうか。これ実に「国ありてより以来（このかた）その時に至るまで未だかつてあらざりし艱難（なやみ）の時」である（ダニエル一二の一）。しかり大いなる艱難（なやみ）の時である。しかしながらそは全世界の産みの苦しみである。この時イスラエルは信仰を回復し、異邦人は新しき恩恵に入らんとし、しかして天地もまた改造の準備をなすのである、主の日なくして救済はその終局に達しない。

主の日の到来と栄光の王の出現、終末時代の艱難と神の国の建設、イスラエルの完成と異邦人の救済、信者の復活と万物の改造、最後の審判と永遠の平和、数え来たればいずれも宇宙人類の最大問題ならざるはない。しかしてこれをすでに充（みた）されたる預言と対照するに及んで、我等は救済に関する神の智と識との富の深きに驚歎し、その無限の愛を憶（おも）うてさらに感謝と讃美とを繰り返さざるを得ない。「願わくは世々栄（ほま）れ神にあれ、アーメン」。

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