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「覚醒」

The Awakening

1.戦い

I The Fight

フリードリヒ・ズンデル
Friedrich Zuendel



一八三八年一〇月三一日、南ドイツの小村であるメトリンゲンの人々は、新しい牧者を迎えることになった。熱心な三三歳のヨハン・クリストフ・ブルームハルトは、そのような地位に備えて数年費やし、牧師、教師、相談役として新しい群れに仕えることを心待ちにしていた。今、ようやく、彼とその婚約者であるドリス・ケルナーは結婚して、住居を構え、家庭を設けることができるようになったのである。

自分がまさに巻き込まれようとしている諸々の出来事について予期することは、ブルームハルトにはまったく不可能であった。この諸々の出来事により、彼が頼りにしていた神の力は、彼にとって身近なものになった。歴史上、神の力をそのように鮮やかに経験した人は、ほんの僅かしかいない。彼の教会の上司たちの求めにより、彼はこの諸々の出来事について、「ゴットリーベン・ディタスの病気についての説明」と題された詳しい報告書の中で詳述した。彼の記憶によると、この諸々の出来事は「戦い」の連続であった。

間もなく、ブルームハルトの願いに全く反して、歪曲された彼の報告書が公に出回り始めた。これにより、原本を持っていなかったブルームハルトは、注意深く編集した第二版を発行せざるをえなくなったのである。彼は百部造り、その序文の中で「私はそれがこれ以上出回るのを望んでいません」と述べた。

この願いに敬意を払って、以下の説明で超自然的力の顕現について記す場合、それはそれらに対する神の勝利を示すのに必要な場合に限っている。しかし、大まかな謎めいた暗示を与えるだけでは、彼の戦いに対する疑義を招いてしまうであろう。なおまた、ブルームハルトはこの戦いの間に経験した自分の経験は教会やこの世にとって大きな意義があると見なしていたので、その本質的な内容をいま公にすることにきっと同意してくれるであろう。ある意味で、我々がこれを公にするのは彼のためなのである。

報告書の序文でブルームハルトはこう記した。

今まで、私の経験をこのような大胆さや率直さで誰かに語ったことはありません。私の最良の友人たちですら疑いの目で私を見、これらの出来事について聞くのは危ういことだと感じているかのように振る舞っています。今まで、そのほとんどは秘密のままだったので、私はそれを自分と共に墓に葬ることもできたでしょう。読者を憤慨させないように説明するのはたやすかったでしょうが、そうすることはできませんでした。「ありのままにすべてを話すのは軽率ではないだろうか」とほぼすべての段落で自問しましたが、何度も何度も「それを公表しなさい!」という内なる声がありました。
 そこで、私は勝利者イエスの御名によって、あえてそうしました。これは私がまだ覚えていることを正直に記した報告書です。主はこのことで私を忍んで下さる、と私は堅く確信しています。私の意図はただ一つであり、暗闇の全軍勢に対する勝利者である方の栄誉のためにすべてを語ることです。これらの説明を信用しない人がいても仕方ないことだと思います。それは私たちの理解力を超えているからです。しかし、これらの説明は約二年間に及ぶ観察と経験に基づいており、どの説明も目撃証人による確証が得られるものなのです。
 初めて率直に語るに当たって、お願いがあります。ここに示す情報は、親しい友人が秘密を共有するのと同じく、秘密のものであることに留意して下さい。私はまた読者にもお願いします。結論を下す前に、この報告書全体を数回読んで下さい。その一方で、私は人の心を御力をもって握っておられる方に信頼します。この説明書を読む人がいかなる結論を下したとしても、私は自分が素朴な真理を語ったことを確かに知っており、イエスが勝利者であることを堅く確信しています。

ブルームハルトが到着した当時、メトリンゲンは黒い森北端にある一つの教区であり、教区民の数は八七四名、二つの村から成っていた。メトリンゲンの地元の住民は五三五名、眼下にナゴルド川を見渡し、その建物や衣服や慣習はシュヴァーベン低地のそれであった。この教区の支部であるハウグステットは、黒い森一帯の中ではよくある村であり、当時、その住民は旺盛な独立精神で知られていた。あまりにも独立精神が激しかったため、自分たちの牧者に対して敵意をもって接することがしばしばあるほどであった。

メトリンゲン村の境の近くに、倒れそうな家が一軒建っている。当時と同じように今日も、一枚の雨戸からこの家を見分けることができる。その雨戸には、風雪に耐えてすり減った次のような碑文が記されている。

人よ、永遠について考えよ、
恵みの時を侮ってはならない、
裁きは遠くはないのだから。

一八四〇年の春、ディタスという名の貧しい家族がこの家の一階に越してきた。この家族には二人の兄弟と三人の姉妹がいた。長男のアンドレアスは後に村議員になった。次が半盲のヨハン・ジョージでハンスとして知られている。その次が三人の娘たちで、カタリナ、アンナ・マリア、一八一五年一〇月一三日生まれのゴットリーベンであった。両親は二人とも敬虔なクリスチャンで、若くして亡くなった。

ゴットリーベンは霊的に早熟で、ブルームハルトの前任の牧者であったバースのお気に入りの子供であった。作詞に秀で、後に数多くの素晴らしい歌を書いた。しかし幼少の頃から異様な経験をいくつも経験し、次から次へと奇妙な病気にかかった。そのため、一度ならず良い仕事を辞めなければならなかったのである。こうした苦しみの原因は誰にもわからなかったのだが、その当時ドイツの田舎の村々ではやっていた魔術に彼女が関わっていたことによるものと思われていた。バースは人づてに彼女のために著名な医師に相談した。すると、彼女は最後の病気である腎臓の病気から見事に回復したのである。

ゴットリーベンはブルームハルトに引かれるのと同時に、彼に対して嫌悪感を覚えた。最初の説教の時、彼の目をえぐり出したいという願いに対して彼女は戦わなければならなかった。他方、励ましの言葉を聞ける時は必ず、どこにでも彼女の姿をブルームハルトは見かけることができた。たとえば、彼は毎週遠く離れたハウグステットの教区支部で奉仕をしていたのだが、彼女はそれに出席していた。片方の足がもう一方よりも短く、長い距離を歩くのが困難だったにもかかわらず、そうしていたのである。彼女はひどく内気で、意気消沈しがちであり、一度落胆すると、それは保身的な控えめな態度となって現れた。彼女はブルームハルトや他の人々に対して本当に不愉快な印象を与えたのであった。

ディタス家が新しいアパートに移るやいなや、ゴットリーベンは家の中で奇妙なものを見たり聞いたりしたと訴えた。家族の他の者たちもそれに気がついた。初日に、アンドレアスがテーブルで恵みという言葉を発した時、ゴットリーベンは「主イエスよ、どうか来て私たちと共に住んで下さい」という言葉で気を失って床に倒れた。次に、寝室、居間、台所で、彼女の兄弟姉妹たちは大きな物音がして散らかる物音を何度も聞いた。そのため、彼らは恐れ、上の階に住んでいた人々もびっくりしたのであった。

他にも奇妙なことがいくつか起きた。例えば、夜、ゴットリーベンは自分の片手が無理矢理もう一方の手の上にのせられるのを感じた。彼女は何者かの姿や、小さな明かりや、他のものを見た。そして、彼女の振る舞いは次第に不愉快で不可解なものになっていった。しかし、この「貧しい孤児の家族」をたいして気にする人は誰もいなかったし、ゴットリーベンは自分の経験をずっと黙っていたので、ほとんどの人はこれを無視したのである。ブルームハルトはこの問題の噂をいくつか聞いたが、それにまったく注意を払わなかった。

一八四一年の春、夜の苦しみに耐えられなくなって、ついに彼女は牧師館のブルームハルトのもとに来た。彼女は昔のことから様々なことを自発的に告白した。その告白によって自分の苦しみから解放されることを願っているかのように思われた。しかし、彼女は漠然とした言葉で語ったため、ブルームハルトは助けになることをあまり言えなかったのである。

一八四一年一二月から翌一月まで、ゴットリーベンは顔の丹毒にかかり、危篤の床についた。しかし、ブルームハルトはあまり彼女を訪問しなかった。彼女の行動に煩わされていたからである。彼女は彼の姿を見るやいなや、そっぽを向くのであった。彼が挨拶しても、彼女は返事をしようとしなかった。彼が祈ると、彼女はそれまで組んでいた手をほどくのであった。彼が来る前や来た後には行儀良く振る舞うのに、彼の言葉には何の注意も払わず、彼がそこにいることにまるで気づいていないかのようであった。当時、ブルームハルトは彼女のことを強情で霊的に高慢だと見なして、厄介事に関わるよりは離れていようと心に決めていたのであった。

ゴットリーベンの医者であるスペース医師は、彼女の忠実な友人であり助言者であった。スペース医師は、彼女の気味の悪い経験も含めてすべてを彼に語った。スペース医師は不可解極まりない病――胸からの出血――を癒すことができなかった。しかし後に、ブルームハルトが彼女の世話をするようになると、それは消え去ったのであった。もっとも、彼が耳にしたのは文句ばかりで、後になって初めてその治癒について聞いたのであったが。

この不思議な出来事が二年以上続いた一八四二年四月になって初めて、ブルームハルトはこの苦しむ女性の親戚――彼らは助言を求めて彼の所に来たのであった――から詳しい話を聞いた。この親戚らは必死であった。なぜなら、大きな物音が夜中に家中に響き渡り、あまりにもやかましかったため、近所中に聞こえるほどだったからである。さらに、ゴットリーベンは亡霊の訪問を受け始めるようになった。その亡霊の姿は二年前に死んだ女性に似ており、腕に死んだ子供を抱いていた。ゴットリーベンが言うには、この女性は(その名前を二年後にようやく明かしたのであるが)いつも彼女のベッドの前のある決まった場所に立つのであった。時には、この女性はこちらに向かって来て、「私はただ安息を見いだしたいのです」とか、「私に紙を一枚下さい。そうすれば、もう来ません」等のことを何度も言うのであった。ブルームハルトはこう報告している。

「亡霊に質問して詳しく知ろうとしても構いませんか?」とディタスの家の者が私に尋ねました。私は、「ゴットリーベンは決して亡霊と会話してはなりません。彼女の妄想がどれほど酷いかわからないからです」と助言しました。「心霊主義に関わると底なし沼に陥るおそれがあるのです。ゴットリーベンは熱心に信頼して祈らなければなりません。そうするなら、この一件はおさまって行くでしょう」。
 彼女の姉妹の一人が用事で家を離れており、彼女の兄弟はあまり家にいなかったので、私は彼女の女友達に、「彼女と一緒に寝て、もし可能なら、彼女の心をこうした問題に向けさせないようにして下さい」と頼みました。しかし、その女性はその物音があまりにも大きかったので、この問題を調べるようゴットリーベンを手助けしたのです。遂に、かすかな光に導かれて、彼らは寝室の入口の上にある板の裏に半紙を見つけました。その書き物には何か書いてあったのですが、あまりにもすすで汚れていたため解読できませんでした。その横に彼らは三つの冠を見つけました――その一つは一八二八年に造られたものでした――それから、様々な紙も見つかりましたが、やはりすすで覆われていました。

その時以降、すっかり静かになったのであった。「この気味の悪い出来事は終わった」とブルームハルトはバースに書き送った。しかし二週間後、またもや大きな物音が始まったのである。暖炉の揺らめく炎の明かりをたよりに、家族はこのような物だけでなく様々な粉をも見つけた。その地の医者やカルー近くの薬剤師がそれを調べたが分からなかった。

その間も、この大きな物音は増え続けた。昼も夜も鳴り続け、ゴットリーベンが部屋にいる時は常に頂点に達するのであった。興味を抱いた他の数人と共に、スペース医師はそのアパートに夜通し泊まり込み、予想以上に事態が悪化していることを見いだした。この問題はますます騒ぎになり、周辺の地方に影響を及ぼし、遠くから見物客が訪れるようになった。この不祥事に終止符を打つべく、ブルームハルトは自分で徹底的に調査することに決めた。クラウシャー市長(沈着冷静で有名な絨毯製造業者)や六名の村議員と共に、ブルームハルトは秘密の計画を立てて、一八四二年一月九日の夜に調査を行うことにした。彼はあらかじめモーセ・スタンガーを送り出した。この人はゴットリーベンにゆかりのある若い既婚男性で、後にブルームハルトの最も忠実な支援者となった人である。他の者たちは夜の十時頃その後に続き、二人一組で家の中やその周辺で配置に着いた。

ブルームハルトが家に入ると、寝室からの二つの大きな物音が彼を出迎えた。それに続いてさらに数回大きな物音がした。彼はあらゆる種類の大きな物音やノックの音を聞いた。そのほとんどは寝室においてであり、その部屋でゴットリーベンは服を着てベッドの上に横になっていた。その外や上の階にいた監視者たちは、それらの物音をすべて耳にした。しばらくして、彼らは全員アパートの一階に集まり、自分たちが耳にした物音はそこから発していたに違いないことを確信した。この騒ぎは酷くなりつつあるように思われた。特に、ブルームハルトが詩歌の一節を取り出して、祈りの言葉をいくつか口にした時そうであった。三時間のうちに彼らは叩く音を二五回聞いた。それらの物音は寝室のある場所に向かっていた。あまりにも強力だったため、イスは飛び上がり、窓はガタガタ鳴り、天井からは埃が落ちて来るほどであった。離れた場所に住んでいた人々は、新年前夜の爆竹を思い出したのであった。同時に様々な音量の他の騒音もした。その騒音は指が鳴らす軽やかな音のようであり、幾分規則的に鳴る音のようでもあった。これらの音は主にベッドの下からしているようであったが、調べても何もなかった。しかし、全員が居間にいる時に、寝室の物音が最も大きくなることに、彼らは気がついた。ブルームハルトはこう報告している。

ついに一時頃のこと、私たちは全員居間にいたのですが、ゴットリーベンは私を呼んで、「亡霊が近づいて来る、足を引きずるような音が聞こえます」と言いました。そして、「亡霊が見えたら、それが誰か言ってもいいでしょうか?」と私に尋ねました。私はその求めを拒否しました。その時はもうさんざん物音を耳にしていましたし、説明不能なものを多くの人に見せる危険を犯したくなかったからです。私は調査終了を宣言し、ゴットリーベンに起き上がって、別の住まいを見つけ、その家を去るように言いました。ゴットリーベンの兄のハンスが後に私たちに告げたところによると、私たちが去った後も依然として色々なものを見たり聞いたりしたそうです。

翌日の金曜日には教会の奉仕があった。その後、ゴットリーベンは自分の昔の住まいを訪問した。半時間後、その家の前に大群衆が集まり、「ゴットリーベンが意識を失って死にかけています」と使者がブルームハルトに伝えた。彼はそこに駆けつけ、ゴットリーベンがベッドの上に横たわっているのを見つけた。彼女は完全に硬直しており、その頭は燃えるように熱く、その両腕は震えていた。窒息しているようであった。部屋は人々でごったがえしており、その中には隣村からの医者もいた。その医者はたまたまメトリンゲンに居て、その場に駆けつけたのであった。医者はゴットリーベンを蘇生させようと様々なことを試みたが、頭を振りながら去って行った。半時間後、彼女の意識が戻った。彼女はブルームハルトにこう打ち明けた、「死んだ子供を抱いたあの女性の姿がまた見えて、意識を失って床に倒れてしまったのです」と。

その午後、その場所の調査が再び行われた。その結果、明らかに魔術と関係がある多くの奇妙な物――小さな骨を含む――が見つかった。ブルームハルトは市長に伴われてそれらを専門家に渡した。専門家によると、それは鳥の骨とのことであった。

この民衆の騒ぎは今や手に負えないものになりつつあったが、この騒ぎを鎮めることを願って、ブルームハルトはゴットリーベンのために新しい住まいを見つけてやった。この新居探しは、最初は女性のいとこと、後に別のいとこであるヨハン・ゲオルグ・スタンガー(モーセ・スタンガーの父親)と一緒に行われた。ヨハンは村議員であり、ゴットリーベンの名付け親であった。ブルームハルトはゴットリーベンに、「しばらくの間、自分の家に入ってはなりません」という助言を与えた。彼女はそれに同意した――実際、翌年になるまで彼女はそこに戻らなかったのである。さらなる騒ぎを防ごうとして、ブルームハルトは彼女の兄のハンスに「妹を訪問しないで下さい」と助言した。

私は予知能力の発現という特に恐ろしい経験をしました。それはゾッと驚くものであることがしばしばでした。不思議で危険な領域が私の前に開かれました。私に出来るのは、個人的な祈りの中でこの問題を主に委ねることだけでした。私は祈りの中で「主よ、どんな状況になっても私をお守り下さい」と求めました。この問題がその深刻さを増すたびに、市長とモーセと私は私の書斎に集まって祈り、語り合いました。そのおかげで私たちの心は冷静に保たれたのです。
 この人々が神に献げた、知恵と力と助けを求める熱心な祈りを、私は決して忘れません。私たちは共に聖書をくまなく探り、聖書の導きを踏み越えないことに心を決めました。奇跡を実演しようと思ったことは一度もありません。しかし、悪魔は依然として人類に対して何と大きな力を持っているのかを実感して、私たちは深く悲しみました。私たちの心からの同情は、その悲惨さを目撃したこの哀れな女性に及んだだけでなく、神から背き去って暗闇の密かな罠に捕らわれている数百万の人々にも及びました。私たちは神に向かって叫び、「少なくともこの件では、私たちに勝利を与えて下さり、サタンを足の下に踏みにじって下さい」と求めました。

―――――――――――

その地のこの騒ぎが落ち着くのに、数週間かかった。まったくのよそ者たちがやって来て、その家を訪問することを願った。中には、噂が本当かどうかを確かめるために、その家で一晩過ごすことを望むものもいた。しかし、そのような要求をブルームハルトはきっぱりと断った。近くのべーデンから来たカトリックの三人の僧侶が、夜中にその家で数時間過ごすことを求めたのだが、この求めをもブルームハルトは断ったのであった。この家の向かいにたまたま村の警官が住んでおり、家はその警官の監察保護の下に置かれた。

徐々に事態は沈静化し、時々何かの問題が誰かの注意を引くことはあったものの、村の多くの人々は続いて起こったことに気づかなかった。自分の会衆について、ブルームハルトは後にこう述べた、「一般的に言って、この戦いの間、私は熱心な恭しい期待のこもった同情――その多くは無言のものではありましたが――をもって迎えられました。そのおかげで持ちこたえるのがだいぶ楽になりました。と同時に、諦めることができなくなったのです」。その間も、家の物音は鳴り止まず、満二年後にようやく止んだのであった。

まもなく、同様の物音がゴットリーベンの新しい住まいでも始まった。その物音が聞こえるたびに、彼女は倒れて激しく痙攣し、その痙攣が四、五時間続いた。痙攣があまりにも激しかったため、ベッドの枠組みが外れてしまうこともあった。その場に居合わせたスペース医師は涙ながらに語った、「この女性がそこに寝たまま放置されているのを見るなら、『困っている人を世話する人はこの村には誰もいないのか!』と誰でも思うでしょう」。

ブルームハルトはこの要求に応じて、いっそう足繁くゴットリーベンを訪問し始めた。

彼女の全身が震えていました。頭と両腕の筋肉はどれも燃えるように熱くて、震えたりガタガタしていました。どの筋肉もかたく硬直しており、口からは泡をふいていました。彼女はこの状態で数時間横たわっていました。医者はこのようなものは見たことがなかったので、手の打ちようがありませんでした。すると突然、彼女は意識が戻り、座って、水を一杯求めました。これが同一人物であるとは、ほとんど誰も信じられませんでした。

ある日、ゴットリーベンの知り合いの巡回説教者が彼女を訪問し、牧師館に立ち寄った。去り際に、彼は人差し指でブルームハルトを指さして、「自分の牧者としての義務を忘れてはなりません!」と警告した。

「自分は何をなすべきなのだろう」とブルームハルトは考えた。「牧者なら誰でもすることを自分はしている。これ以上自分に何ができるのだろう?」

しばらくたった日曜日の午後のこと、ブルームハルトはこの病気の女性を再び訪問した。彼女の友人が数名そこにいた。彼は彼女のベッドから少し離れた所に座り、彼女が身もだえるのを静かに見つめた。彼女は両腕をねじらせ、ひどく痛々しい様子で背中をのけぞらせ、口からはあわをふいていた。ブルームハルトはこう続けている。

何か悪魔的なものがここで働いていることが明らかになりました。この恐るべき問題に対して解決策が何も見つからないことに、私は痛みを覚えました。これを見ていた時、憤りが私を捕らえました――この憤りは天啓であったと私は信じています。私は決然とゴットリーベンのもとに歩み寄り、痙攣している彼女の両手を握りました。そして、両手をできるだけ組ませようとしながら(彼女には意識がありませんでした)、彼女の耳元で叫びました、「ゴットリーベン、両手を組んで『主イエスよ、私を助けて下さい!』と祈りなさい。悪魔に何が出来るのかはもうさんざん見てきました。今度は、主イエスに何ができるのかを見せて下さい!」。数瞬後、彼女の痙攣は止み、彼女は起き上がって、私に続いてこの祈りを繰り返したのです。これにはその場にいた誰もが驚きました。
 これは決定的瞬間でした。これにより、抗しがたい力で私は戦いの中に引き込まれたのです。私は衝動的に行動しました。その時まで、何をすべきか頭に思い浮かびませんでした。しかし、そのたった一度の衝動が私に残した印象は、その後も明瞭に残りました。そのため、私が行ったことは自分自身の選択や思い込みではないことが、これからも再確認できたのです。もちろん、さらに恐ろしい事態に発展しようとは、その時は思いもよりませんでした。

この転機の十分な意義をブルームハルトが悟ったのは、後になってからのことであった。彼は細心の注意を払って直接神に立ち返った。そして、神はただちに彼の行動を導き始めて下さったのである。この時からブルームハルトは確信するようになった。神の王国が究極的勝利をおさめるには、暗闇の王国とその諸々の影響力とがこの地上で敗北を喫しなければならない、と。彼はまた、光と暗闇の戦いにおける信仰の役割をいっそうはっきりと認識するようになった。この戦いにおいて神の贖いがどれほど深く人間生活の中に及ぶかは、突き詰めると、戦士たちの信仰と期待にかかっていることを彼は見た。

この問題で自分の果たすべき役割であると理解したことを、ブルームハルトはこう説明している。

その時、イエスが戸口に立ってノックされたので、私はドアを開けました。再来することを願っておられる方はこう求めておられます。「見よ、私は戸口に立っています。私はすでに戸口にいるのです。私の願いはあなたの生活の中に入ること、御父から賜った恵みの全き力をもってあなたの『現実』に介入することです。それは完全な再臨のために備えをするためです。私はドアを叩いています。それなのに、あなたは自分の持ち物、政治闘争、神学論争に没頭するあまり、私の声が聞こえないのです。」

ブルームハルトの介入後、ゴットリーベンの病は快方に向かうどころか、すぐに本格的にぶり返した。この最初の突破口の後、この女性は数時間平和な時を過ごした。しかし、その晩の十時にブルームハルトは彼女のベッド脇に呼ばれた。彼女の痙攣がぶり返したのであった。ブルームハルトは彼女に「主イエスよ、私を助けて下さい!」と大声で祈るように求めた。再び、ただちに痙攣は止んだ。新たな攻撃があるたびに、ブルームハルトは同じ祈りで攻撃を追い払った。三時間後にようやく、彼女は落ち着き、「今、とても具合がいいです」と言えるようになったのであった。

翌晩の九時に、ブルームハルトは二人の友人と共にゴットリーベンを訪問した。彼女が一人であることがわかっている場合、彼はこの二人を伴うことを常としていた。その時まで彼女は落ち着いていたのだが、彼らがゴットリーベンの部屋に入った時、彼女はブルームハルトのもとに駆けつけて彼を殴ろうとした。しかし、うまく狙いを定められないようであった。その後、彼女は自分の両手をベッドに押しつけた。彼女の指先から何か邪悪な力が流れ出ているかのように、その場の者たちには思われた。しばらくそのような状態が続き、ようやく痙攣がおさまった。

しかし間もなく、新たな苦痛の波がゴットリーベンを飲み込んだ。コツコツと叩く指の音がまたもや彼女の周りで始まり、彼女は胸を殴られて、前の家で見た亡霊をまたもや見たのであった。今回は、それが誰か彼女はブルームハルトに告げた。その女性は二年前に亡くなった未亡人で、ブルームハルトがよく知っている女性であった。亡くなる前の数日間、彼女はためいきをたくさんついて、「私は平安を望んでいましたが、見いだせませんでした」と述べた。あるとき、ブルームハルトがある詩歌から「平安、それは最高に良いものである」という節を引用したところ、彼女はそれを求めて書き写したのであった。後に、死の床で、彼女は重大な罪を幾つかブルームハルトに告白したが、その告白によりあまり平安を得たようには思われなかった。ブルームハルトはこう書き記した。

ゴットリーベンのところに行った時、私はコツコツ叩く指の音を聞きました。彼女はベッドの上で静かに横になっていました。突然、何かが彼女の中に入り込んだかのように思われました。彼女の全身が動き始めたのです。私は祈りの言葉を数語祈り、イエスの御名を口にしました。すると直ちに彼女は目を回転させ始め、組んでいた手をほどいて、彼女のものではない声で――その口調も抑揚も彼女のものではありませんでした――「その名には耐えられない!」と叫び声を上げました。私たちは全員身震いしました。このようなことを聞いたことがなかったのです。私は心の中で「私に知恵と分別を与えて下さい――そして何よりも、不都合な好奇心からお守り下さい」と神に求めました。ついに私は、話題を必要なことだけに限ること、そしてもし行き過ぎをしてしまったら、自分の直感にそれを教えてもらうことを、堅く決意しました。私は、その死んだ未亡人に関係あると思われる質問を、口に出して幾つか述べました。会話は次のように進みました。
 「墓の中には平安がないのですか?」
 「ありません」
 「どうしてないのですか?」
 「私の行いに対する報いです」
 「すべて告白したのではなかったのですか?」
 「いいえ、私は二人の子供を殺して野原に埋めました」
 「どこで助けが得られるかご存じではないのですか?祈ることはできないのですか?」
 「私は祈ることができません」
 「罪を赦すことができるイエスをご存じではないのですか?」
 「その名前の響きに耐えられません」
 「あなたは一人ですか?」
 「いいえ」
 「誰があなたと一緒にいますか?」
 ためらいながら、しかし大急ぎで、その声は答えました、「最も邪悪な者と一緒です」。
 会話はしばらくの間このように続きました。語り手は魔術のゆえに自分を責めました。そのせいで自分は悪魔に捕らわれているというのです。七回、彼女は誰かに取り憑いてはその体から離れたそうです。「あなたのために祈ってもよろしいですか?」と私は彼女に尋ねました。彼女は少しためらってから、祈ることを許してくれました。祈った後、「あなたはゴットリーベンの体にとどまることはできません」と私は彼女に告げました。最初、彼女は私に懇願するかのようでしたが、次に反抗的になりました。しかし、出て行くように私は彼女に命じました。すると、ゴットリーベンの両手は力強くベッドの上に落ち、こうして憑き物が落ちたように思われました。

数人の親友、市長、モーセ・スタンガーと共に、限定的な会話を霊と交わすべきかについて、ブルームハルトはよくよく熟慮した。このような場合、常に聖書が彼らを導いた。特に、ルカによる福音書八章二七節から始まる区分である。自分自身の経験と照らし合わせて、悪鬼に憑かれたゲネサレ人をイエスがどう癒されたのかに関するルカの説明に対して、ブルームハルトは次のような考えを述べた。

ルカの報告によると、悪鬼どもは通常はすぐに出て行くのに、その時はそうしないで、あるお願いを申し出ました。悪鬼どもはアビスに送られるのを恐れていたのです。イエスが荒々しく返答されなかったのは明らかです。イエスは生者と死者をできるだけ多く贖うためにこられたがゆえに、彼――悪鬼どもを将来裁く方――は無関心ではいられなかったのです。それゆえ彼は、近づきやすい者、立ち止まって話を聞く用意のある者として、ご自分を示されました。イエスは他の霊どもを代表していたその汚れた霊に向かって、「おまえの名は何か?」と尋ねました。明らかに、彼はこの質問を取り憑かれた男にではなく、その人を通して話していたその霊にしました。生きていた時のその霊の名が何か、彼は知ることを願われたのです。
 悪鬼どもは体を離れた人の霊であり、地獄を恐れていることを、イエスはご存じでした。その悪鬼の名を尋ねることにより――もちろん、彼は主ですから、すでにその名をご存じでした――彼は関心と同情を示されたのです。これは次の事を示唆しています。すなわち、彼はその悪鬼を人ならぬ者ではなく、人と見なしておられたのです。その悪鬼は自分の名を明かさないことを選び、こうして主のさらなる顧みから自分自身を断ち切ってしまいました。主は喜んで顧みようとしておられましたし、その場に居合わせた者たちに、贖おうとする彼の衝動がいかにすべてを包括するものであるかを、見せようとしておられたのです。名を明かす代わりに、その霊は答えました、「レギオンです。私たちは大勢だからです」。この返答は、解放される必要のある者がたくさんいることを示しています。
 このように取り憑かれた状態から、何か神秘的で、理解できない、実に恐るべきものを垣間見ることができます。数千もの霊どもが人の中に住みつこうとしているのであり、あるいは、生者を苦しめるよう駆り立てる暗闇の力に隷従しているのです。

―――――――――――

物語に戻ると、数日後、ゴットリーベンは別の明らかな憑依を経験した。しかし今回、ブルームハルトは前の時のように介入しなかった。今や、特定の霊どもが数百と群れをなして彼女から出て行くように思われた。取り憑かれるたびに、この女性の顔は新たな威嚇的表情を見せた。悪鬼どもは、自ら告白したところによると、ブルームハルトに触れることは許されていなかったが、その場にいた他の者たちを攻撃した。その中には市長もおり、市長は数回以上殴られた。他方、ゴッドリーベンは自分の髪の毛を引っ張り、胸を叩き、頭を壁に打ちつけて、その他の諸々の方法で自分自身を傷つけようとした。しかし、ブルームハルトが話す二、三の単純な言葉が彼女を静めるように思われた。

こうした光景はますます恐ろしいものになって行ったので、ブルームハルトがいることは問題を悪化させるように思われることもあった。彼はこう説明している。

当時、私の魂と霊が耐え忍んだことを描写できる言葉はありません。この問題を何とかすることを私は是非とも望みました。実際、悪鬼の力は去って、この苦しむ女性は再びまったく良くなったと信じつつ、毎回私は内心満足して去ることができました。しかし、暗闇の軍勢は常に新たな力を得るように思われました。暗闇の軍勢は私を迷宮の中に巻き込んで滅ぼすことを熱心に狙っていたのです。
 私の友人はみな、諦めるよう私に助言しました。しかし、「自分が助けることをやめたら、ゴットリーベンはどうなるのだろう。もし状況が悪化したら、人々はそれを私の過ちのせいだと思うだろう」と考えると、恐ろしくなりました。もし身を引いて自由になろうとするなら、私は自分自身や他の人々を危険にさらすことになるでしょう。私は自分が網にかかったように感じました。私はまた認めなければなりません。悪魔に屈することを私は屈辱に感じました――自分自身の心の中で、また主の御前でそう感じたのです。主の積極的な助けを私は何回も経験していました。私はしばしば「主とは何者か?」と自問しなければなりませんでした。すると、内なる声の呼びかけが常に聞こえたのです。「前進しなさい!最初、私たちはどん底まで降りていかなければならないかもしれませんが、イエスが蛇の頭を砕かれたことが真実である以上、私たちは良い結果を迎えるに違いありません」。

悪鬼どもがゴットリーベンから出て行く光景がますます増えるにつれて、他の神秘的な出来事も同じように増えて行った。例えば、ある晩、ゴットリーベンが眠りについた時、彼女は焼けるような手を自分の喉に感じた。それは大きな焼け跡を残したのであった。同じ部屋で寝ていた彼女の叔母は、明かりをつけて、ゴッドリーベンの首の回りに水ぶくれを見つけた。昼も夜も、ゴッドリーベンは説明のつかない打撃を頭や脇に受けた。それに加えて、目に見えない物体が通りや階段で彼女を躓かせたので、彼女は急に倒れて打撲などの怪我を負ったのであった。

一八四二年六月二五日、「ゴッドリーベンは気が狂った」という知らせをブルームハルトは受けた。翌朝、彼が彼女を訪ねると、すべて正常のようであった。しかしその午後、ゴッドリーベンは激しい攻撃を受けて、死人のようになってしまったのである。またもや悪鬼どもが彼女から出て行ったようであった。その力はブルームハルトがかつて経験した何ものをも遥かに超えていた。彼にとって、それは理解を超えた勝利に感じられた。その後の数週間、たいしたことは何も起きず、ゴッドリーベンは苦しみや危害を受けずに村を歩いた。「それは私にとって喜びの時でした」と後にブルームハルトは述べた。

彼はこの喜びを勝ち取ったのである。彼の最善の友人たちですら、「この戦いに巻き込まれてはなりません」と彼に警告した。しかし、ブルームハルトは勇敢に行動し、「イエス・キリストは今日も二千年前も同じ方です。二千年前、キリストは苦しむ人類のために、暗闇の軍勢の行進を止めて下さいました」と確信してすべてを賭けたのである。彼は兵士のように自分の持ち場にとどまり、軽率に前進したり退却したりせず、陣地を守ったのであった。

この戦いが最も激しかった一八四二年六月九日、彼は自分の前任者であり助言者であるバースにこう書き送った。「イエスの御名を記すたびに、私は聖なる畏れに圧倒されますし、イエスが私のものであることに対する、喜ばしい熱烈な感謝の気持ちに圧倒されます。今ようやく、自分が彼にあって何を持っているのかが本当に分かるようになったのです」。

しかし、「この戦いは今や終わった」と思う人が誰かいたとするなら、その人は間違っていたのである。ブルームハルトが述べているように、絶えず新たな軍隊を送り込む敵を相手にしなければならないかのように、彼には思われたのであった。

一八四二年八月、青ざめたやつれた顔でゴッドリーベンが彼のもとにやって来て、あることを告げた。彼女はあまりにも気弱でそれまでそれを明かせなかったのだが、もはや隠しておけなくなったのであった。最初、彼女は防御的で、彼は緊張して恐れたが、ついに彼女は打ち明けて、毎週水曜日と金曜日に出血することを彼に話した。その出血はあまりにも酷くて大変なものだったので、「自分は死にかけているに違いない」と彼女が思うほどであった。この出血に関連して彼女が経験した他の幾つかの経験に関する説明から、一般的迷信の奇怪なおとぎ話が今や明らかに現実のものとなったことをブルームハルトは悟った。彼は後にこう振り返っている。

まず、自分の考えをまとめるのに時間が必要でした。なぜなら、暗闇の力が何と強く人類を握っているのかが分かったからです。私が次に考えたことは、「もはやお手上げです。今や魔法や魔術の世界に入っていかなければなりません。自分の身を守るために何ができるというのでしょう?」ということでした。しかし、苦しみの中にある彼女を見た時、「そのような暗闇がありうるのであって、助けることは不可能だ」という思いに身震いしました。あらゆる種類の悪魔的邪悪を撃退することを可能ならしめる秘密の力を持つと考えられている人々がいることを、私は思い出しました。人々がそれによって誓う共感魔法について、私は考えました。その類のものを求めて私はあたりを見回すべきなのでしょうか?しかし、そうすることはできませんでした。「そうすることは悪魔を用いて悪魔を追い出すことだ」と私は長いあいだ感じていました。確かに、ある時、イエスの御名を病人の家の戸口に貼り付けてはどうだろうかと検討したこともありました。しかし、その時、ガラテヤ人への手紙三章三節の警告を私は見いだしました。「あなたたちはそんなにも愚かなのですか?あなたたちは霊のものをもって始めたのに、今、物質的なものに頼るというのですか?」。私はこの御言葉を、「祈りと神の御言葉という純粋な武器を保て」という催促状と受け取りました。
 幾つもの疑問が心に押し寄せました。「この悪魔の力がいかなるものだったとしても、信心深い者の祈りはそれに優るものなのでしょうか?」「もし天からの直接的助けを呼び下すことが出来ないなら、私たち哀れな民はどうすればいいのでしょう?」「信仰で悪魔を打ち負かすことはできないのでしょうか?」「イエスが悪魔の働きを滅ぼすために来て下さった以上、私たちはそれにすがるべきではないでしょうか?」「もし魔法や魔術が今も行われているのだとすると、それに反対することができるのに取り締まらずに放置するのは、罪ではないでしょうか?」
 このようなことを思いつつ、私は戦い抜いて、祈りの力を信じる信仰に到達しました。もはやこれ以外の勧めを受けるべきではありません。私はゴッドリーベンに言いました、「祈ることにしましょう。何が起ころうと、私たちは勇敢に祈ります!失うものは何もありません。聖書のほぼすべてのページが、『祈りは聞かれる』と告げています。神は約束を守って下さいます」。「私はあなたのために祈ります」という保証を与えて、私は彼女を去らせました。そして、「これからも何かあったら教えて下さい」と彼女に頼みました。

翌日の金曜日は、忘れられない日であった。夕方の少し前に――数ヶ月にわたる嵐の最初の雲が空に集まり始めていた――ゴッドリーベンは正真正銘の精神錯乱に陥ったのであった。最初、彼女はナイフを探して部屋から部屋へと激しく駆け巡った。ナイフで自殺するためである。次に、屋根裏部屋に駆け上ると、窓台に飛びついた。その棚の上に立って、今にも飛び降りようとしていた時、近づきつつあった嵐の最初の稲妻に彼女は驚き、正気に戻った。「神かけて、私は飛び降りたくなんかありません!」と彼女は叫んだ。しかし、彼女の正気はほんの僅かしか続かなかった。再び狂乱状態になって、彼女は一本の縄を取った――どうして縄が手にあったのか、彼女は後に述べることができなかった――そして、屋根裏部屋の梁に縄を上手に巻き付けて、引き結びを造った。その締め縄に頭を通した時、二番目の稲妻の光が彼女の目に入り、再び前のように彼女は正気になった。翌朝、梁にかかっているその締め縄を見た時、彼女は泣いて、「正気だったら、こんなに上手に縄を結べません」と言い張った。

同日夕方の八時、ブルームハルトはゴッドリーベンの所に呼び出され、彼女が血溜まりの中にいるのを見つけた。彼は慰めの言葉を幾つか彼女にかけたが、彼女は反応しなかった。すると、外で雷が鳴り響き、彼は熱心に祈り始めたのであった。

私が祈っていると、ゴッドリーベンを苦しめている悪鬼どもの怒りが目一杯爆発して、叫びと嘆きの声をあげました。「もうゲームはおしまいだ。全部明かされてしまった。お前は俺たちを完全に滅ぼしてしまった。群れ全体が散り散りだ。もうおしまいだ。混乱しかない。全部お前の責任だ。お前が絶え間なく祈るせいで、俺たちは完全に追い出されてしまうだろう。ああ、ああ、すべて失われてしまった。俺たちは一〇六七名いるが、まだ多くの者が生きており、警告してやらなければならない!ああ、奴らは災いだ、奴らの負けだ!神は奴らを否認した――永遠に絶望だ!」
 悪鬼どもの咆哮、稲光、雷鳴、雨の水しぶき、その場にいた一同の熱心さ、そして私の祈り――それらのものによって文字通り悪鬼どもが追い払われたように思われました――これらのものがまさに想像困難な光景を造り出したのです。とりわけ、悪鬼どもはこう叫びました、「誰も俺たちを追い払うことはできなかっただろう。ただお前だけがそれをやってのけたのだ。お前とお前の執拗な祈りが」。

執り成しの祈りを一五分続けた後、ゴッドリーベンは正気に戻り、彼女が服を着替えている間、ブルームハルトと他の者たちは部屋を出た。彼はこう述べている。「私たちが戻って着て、彼女がベッドの上に座っているのを見た時、彼女はまったくの別人でした。私たちの間には賛美と感謝以外のものが入り込む余地はありませんでした。出血は良くなっておさまったのです」。

間もなく、他の悪魔的顕現が現れた。ブルームハルトは前進する道がわからず、自分の必要をある友人に打ち明けた。その友人は神学校の校長で、ブルームハルトにイエスの御言葉を示した。「この類のものは祈りと断食によらなければ追い出すことはできません」(マタイ十七・二一)。この御言葉についてさらに考えることにより、断食には自分が思っていた以上の意義があるのではないか、とブルームハルトは思い始めた。

断食は祈りを強め、祈っている人の切実さを神に示します(事実、断食は言葉を伴わない継続的祈りです)。そうである以上、断食は効き目があるはずであり、これが目前のこの問題に対する神の特別な助言であるからには、なおさら効き目があるはずだ、と私は信じました。私は誰にも告げずに断食を試してみました。すると、この戦いの間、断食が途方もない助けになることがわかったのです。断食のおかげで、私は前よりだいぶ落ち着いてしっかりしましたし、話も明瞭になりました。もはや、長時間その場に居合わせる必要はなくなりました。その場にいなくても、自分の影響力を及ぼせることがわかったのです。また、私が訪問すると、数瞬のうちに結果が生じることに気づくこともしばしばでした。

悪魔的顕現の他の二、三の事例についてここで述べるのは有意義であろう。例えば、悪鬼たちの間には明らかに違いがあることを、ブルームハルトは述べている。悪鬼どものある者たちは反抗的であり、彼に対する憎しみに満ち、とりわけ次のように叫んだ。「お前は俺たちの最悪の敵だ。そして、俺たちはお前の敵だ。ああ、やりたい放題やれさえすれば!」。また、別の悪鬼どもはアビスの恐ろしさについて述べた。アビスが自分たちのとても近くにあることを、その悪鬼どもは感じていたのであり、「天に神なんかいなければよかったのに」というようなことを言った。しかしそれでも、自分たちが転落したのは全く自分の責任である、と見なしていたのである。一匹の特に恐ろしい悪鬼――その悪鬼をゴッドリーベンは以前家の中で見かけたのであった――は、今や自分が嘘つきであることを認めて、その家の雨戸の上に記された次の言葉を繰り返し叫んだ。

人よ、永遠について考えよ、
恵みの時を侮ってはならない、
裁きは遠くはないのだから。

次に、その悪鬼は沈黙し、顔を歪ませ、その病の女性の指をぎくしゃくした動作で三本上げ、それから身震いして呻いた。この類の奇怪な光景が何度もあったのである。ブルームハルトなら、そうした事例に関する自分の報告を裏付けるさらなる証言を、喜んで歓迎するであろう。

一般的に言って、一八四二年八月から一八四三年一二月の間にメトリンゲンに現れた悪鬼どもの大部分は、サタンの束縛から解放されることを必死に願った。悪鬼どもは様々な言語を用いて自分のことを述べた。その言語には、イタリヤ語、フランス語、ドイツ語、ブルームハルトにはわからない他の言語も含まれていた。

時折、どの特定の悪鬼のものでもない発言があった。それらの発言はまるで何か別の源から発せられているかのようであった。ある声はハバクク二・三〜四を何度も繰り返した。「定められた時のために、なおも一つの幻がある。定めの時にそれはたちまち臨み、しくじることはない。もし遅ければ、待っておれ。それが臨む時、滞りはしない。向こう見ずな者は、自分に心許ない。義人は信心深くあることによって生きる」。この同じ声が悪鬼どもに呼びかけて、聖書のある節を引用した。後に、その御言葉がエレミヤ三・二五であることを、ブルームハルトは突き止めた。「あなたたちは、あなたたちもあなたたちの父祖たちも、幼少の時から今に至るまで、あなたたちの神である主に対して罪を犯した。あなたたちはあなたたちの神である主に従わなかった」。ブルームハルトはこう記している。

最初、これらの言葉の重要性は分かりませんでした。しかし、その後、これらの言葉は大いに注目するに値する、と私は感じ始めました。これらの言葉に耳を傾けているうちに、それが私を力づけて慰めるために天から来たことが分かったのです。

ある時、解放されることを願った悪鬼どもに対して、ブルームハルトはこう応じた。

長い間、私は悪鬼どもの話に耳を傾けようとしませんでした。しかし、ゴッドリーベンの苦しむ姿を通して悪鬼どもが現れる様子を見ているうちに、私はしばしばジレンマに陥ったのです。彼女は両手を挙げて嘆願し、涙を流し、様々な声を上げました――その声は溜め息、恐怖の呻き、絶望、哀願であり、石の心さえも溶かすものでした。私は悪鬼どもを解放しようなどという試みに巻き込まれないよう抵抗しました。なぜなら、自分がそれまでさんざん経験してきたことのせいで、それは悪魔の悪質な策略ではないかと疑っていましたし、自分の評判が悪くなるのを恐れていたからです。しかしとうとう、せめて試すくらいのことはせざるをえなくなりました。なぜなら、希望を抱いているように見えるこの悪鬼どもは、脅しても忠告しても動かすことができなかったからです。
 私が初めて助けようとした悪鬼は、この問題全体の源であるように思われた女性の悪鬼でした。ゴッドリーベンを通して何度も現れて、「私は救い主のものになりたいのであって、悪魔のものにはなりたくありません」と、しっかりした明確な声で宣言したのです。

この時、その女性はブルームハルトに「あなたは何者ですか?」と尋ねた。彼が「福音の僕です」と答えると、彼女は「そうですか、たいへんですね!」と応じた。この返答にブルームハルトは心の底から動揺した。それから、彼が「あなたはどこにいるのですか?」と尋ねると、「深淵の中です」と彼女は答えた。

それから彼女は、この戦いのために霊の世界がどれほど変わったかを、私に告げました。また、これまで私が成功を収めて来たのは、ただ神の御言葉と祈りのみに信頼してきたからである、と告げました。もし悪霊どもを追い出す一般的な方法――療法や呪文や救済法――に頼っていたなら、私は罠にかかっていたでしょう。その悪鬼は指を伸ばして自分の主張を強調し、「あなたが取り組んでいるのは恐るべき戦いなのです」という言葉で締めくくりました。それから彼女は「悪魔の力から解放されるよう私のために祈って下さい――私は偶像崇拝や魔法や共感魔法にちょっと手を出したせいで、知らないうちに悪魔の奴隷になってしまったのです――私に安息の場所が与えられるよう祈って下さい」と私に懇願しました。私は生前のこの女性をよく知っていました。彼女は私が滅多に見かけないほど、神の御言葉に飢えていました。私の心は彼女のために痛みました。天を見上げて、「あなたはどこに行きたいのですか?」と私は彼女に尋ねました。
 「あなたの家にとどまりたいのです」と彼女は言いました。
 びっくりして、「それはだめです」と私は言いました。
 「教会の中に行ってもいいですか?」
 私はこの求めについて少し考えてから、こう答えました。「誰の邪魔もしないこと、決して姿を見せないことを約束するなら、私は反対しません――イエスの許しがあればですが」。
 これはおそらく危険なことでしたが、「神はすべてを正して下さる」と私は神に信頼しましたし、神の御前でやましさを感じることもありませんでした。その霊は満足したようでした。そして、自分の望む居場所として一番遠くの隅の名をあげました。それから、自ら進んであっさりとゴッドリーベンから出て行ったようでした。この件について誰も何もゴッドリーベンに話さなかったのですが、彼女は後にその女性を教会の指定の場所に見かけて恐れました。しかし、彼女を除いて誰も何も気づきませんでしたし、その霊はすぐに永遠に消えてしまったのです。
 他の霊たちとの戦いがこれに続きました。この霊たちは、「自分は神を愛していますが、偶像崇拝や魔術のせいで、依然として悪魔に捕らわれているのです」と主張しました。細心の注意を払って、主と相談した後でない限り、その霊たちの要求に私は応じませんでした。私のお決まりの返答は、「イエスの許しがあれば」でした。
 こうしたことにはみな、まさに神の導きがあったことが、すぐに明らかになりました。なぜなら、霊たちの求めがすべてかなえられたわけではなかったからです。神の憐れみに信頼して出て行かなければならない霊たちもいました。これについて詳しく説明したいとは思いません。ただ言えるのは、これによりゴッドリーベンは常に解放された、ということだけです。しかし、一つの興味深い事例について述べずに済ますわけにはいきません。「教会の中に行かせて下さい」と求めた霊たちのひとりに、私はいつものように「イエスの許しがあれば」と答えました。しばらくして、その霊は猛烈と泣き出して、「神はやもめやみなしごのための裁き主なのです!」と言い、「教会に入ることを許してもらえませんでした」と打ち明けました。
 私は答えました、「ご存じのように、主はあなたに道を示して下さいます。私の言うことは問題ではありません。主があなたにお命じになる所に行きなさい」。
 その霊は続けて「あなたの家の中に行ってもいいですか?」と言いました。
 私はこの求めにまたもやびっくりしました。妻や子供たちのことを思うと、この求めに同意したくありませんでした。すると、「これは私にとって、いかなる犠牲も払う覚悟があるかどうかを試す試練なのかもしれない」という思いが浮かびました。そこで私は言いました、「誰の邪魔もしないなら、それからイエスの許しがあるなら、それで構いません」。これを聞いて、ゴッドリーベンの内側からの声が、「屋根のない所ですって!神はやもめやみなしごのための裁き主なのです!」と叫びました。その霊はまたもや泣き出して、「せめてあなたの庭に行かせて下さい」と求めました。この求めはかなえられました。明らかに、その悪鬼にはみなしごたちを路頭に迷わせた罪があったのです。

―――――――――――

ブルームハルトの経験は、死後、人は永遠の祝福か永遠の呪いに直ちに入るという仮定、そして、死者には二つの場所、天か地獄しかないという仮定と矛盾している。それでも、彼は煉獄――死後、魂が苦しみによって清められる段階――の観念を拒否した。また彼は、「霊たちを回心させようとしている」という非難に反論した。

私にとって、それは決して回心の問題ではなく、むしろ、彼岸の信じる人々の魂を解放する問題でした。この人々は魔術を行ってしまったのですが、生前、それが罪であることを知らなかったのです。そのため、彼らは知らないうちに悪魔の支配下にとどまってしまいました。それでも、こうした罪によって神に背くつもりはなかったのです。彼らが必要としていたのは回心ではなく、解放でした。しかし、イエス・キリストの血を信じる堅い信仰によって、魔法の力に対して戦う戦いが、この地上のどこかでなされない限り、彼らには解放される機会がなかったのです。

これに関して、ローマ人へのパウロの手紙の中の一節が、ブルームハルトにとって極めて重要であった。

この創造された宇宙は、神の息子たちの現れを、熱心な期待を込めて待っています。それは堕落の犠牲になりましたが、自分で選んでそうなったわけではなく、そのようになさった方によります。それにもかかわらず、常に希望がありました。なぜなら、この宇宙は死すべき定めの束縛から解放されて、神の子供たちの自由と光輝の中に入ることになっているからです。今に至るまで、この造られた宇宙全体が、あたかも産みの苦しみの中にあるかのように、ことごとく呻いているのを、私たちは知っています。それだけでなく、来たるべき収穫の初穂である御霊を受けている私たちもまた、神が私たちを神の息子たちとして、私たちの体全体を解放して下さるのを待ちながら、内側で呻いているのです(ローマ八・一九〜二三)。

もし最後の審判の時のためにこれほどの赦しが用意されているのだとすると、「創造された宇宙」のこの切望はこれと関係しているのではないだろうか?しかし、人々はおこがましくも、贖われずに死んだ人々をこの宇宙からまったく排除しているのである。ブルームハルトはかつてこう論評した。

誰も死者について考えませんが、数十億の死者がいるのです。彼らの咎はあまり重くないこともしばしばです。なぜなら、彼らの大部分は異教徒であり、無知だったのも仕方ないからです。この光に照らして見ると、「世界は悪に束縛されている」という言葉はいっそう深い意義を帯びることになります。「全宇宙は偽りと死の力の餌食になった」という使徒の思想は深刻なものですが、他方、「キリストの究極的勝利により、被造物はこの束縛から解放されることになる」という思想は励みになります。

戦いの間、ブルームハルトは「あなたたちが私の名によって求めるものは何でも、私はそれを行います」というイエスの約束の重要性を見始めた。神の来臨をただ受動的に待ち望んでも駄目であり、教会が信仰の勝利を勝ち取ることによってそれに備える必要があることが、彼にとって明らかになった。

「主はある晴れた日に現れて、悪魔を滅ぼして下さる。信者はそれにあまり関心を持つ必要は無い」とは、私にはほとんど信じられません。こうした出来事がいつまでも続く恐れがあったので、私は内なる力をすべて振り絞って、神にこう乞い求めました。「無から万物を造った力により、今、これらのものを無に帰し、悪魔の策略を滅ぼして下さい」。こうして数日間奮闘したところ、「あなたたちが私の名によって求めるものは何でも、私はそれを行います」と約束された主は、この言葉を守って下さったのです。

もちろん、暗闇の王国と人類に対するその影響力について、ほとんどの人はまったく別の姿勢を取っている。一般的に言って、人々は注意深く、それに関する自分の考えを述べない。サタンの王国の存在を否定することが啓蒙された人の第一の義務である、と考えてすらいる。それでは説明できない諸々の事実に直面すると、自分たちの知的機能を停止することを好む。確かに、ブルームハルトがメトリンゲンで目撃したような現象の場合、過度の好奇心を抱いてそれを探求するよりは却下してしまった方がましであろう。事実、彼は探求の真似事に対して反感を抱いていたし、そのおかげで、このような悪鬼的様相を帯びた戦いに必要な客観性と決意とを持つことができたのである。

ブルームハルトの戦いの間、数回休止期間があった。しかし、そのような期間の後、暗闇の軍勢は新たな力でゴットリーベンを攻撃した。まるで、彼女を殺そうと決意しているかのようであった。ある時、彼女が重傷を負ってそれから癒された時、暗闇の軍勢が突如として再び押し寄せた。ある友人がブルームハルトのところに駆けつけて、事態は一刻の猶予もないほど危ないことを知らせた。ブルームハルトはこう振り返っている。

これを聞いて、私は自室で膝をかがめて祈り、苦しみのうちに大胆な言葉を語りました。この時――私の信仰は大いに力強くなりました――ゴットリーベンの家にわざわざ出向いて悪魔に敬意を表すことはするまい、と私は決意しました。それどころか、私はゴットリーベンの友人に「起き上がって私のところに来て下さい」という伝言を持たせて送り返しました。さらに、「信仰により、あなたはそうする力を受けるでしょう」と付け加えました。間もなく、階段を上って彼女が現れました。私がどう感じたか、おそらく誰にもわからないでしょう。

一八四三年のクリスマスの頃、一二月二四日から二八日にかけて、この戦いはついにクライマックスの決定的結末を迎えた。ブルームハルト自身の言葉がこう述べている。

まるで以前現れた悪の軍勢がこぞって軍勢に加わり、協力して攻撃しているかのようでした。最も動揺したのは、今やこれらの邪悪な働きがゴットリーベンの兄のハンスや姉のカタリナにも影響を及ぼすようになったことです。そのため、私は一度にこの三人全員のために、ひどく必死に戦わなければなりませんでした。もはや出来事の正確な順番を述べることはできません。あまりにも多くのことが起きたため、それをみな思い出すことはおそらくできないでしょう。しかし、そのような日々は二度と経験したくありません。まさにすべてを危険にさらさなければならない地点にまで至らなければなりませんでした。勝利か死かの問題だったのです。私は多大の努力を払いましたが、神の守りを明らかに感じました。少しも疲れや消耗を感じることはありませんでした。見張りと断食と祈りに四〇時間費やした後でも、そうだったのです。
 ゴットリーベンの兄がまずはじめに憑依のようなものから解放されました――その後の出来事で私を手伝えるほどになったのです。今回、攻撃の矛先はゴットリーベンには向かわず、彼女はまったく平安なようでした。しかし、彼女の姉のカタリナに攻撃が向けられたのです。彼女はそれまでまったく影響を受けることはありませんでした。今やカタリナは激しく荒れ狂い始めたので、彼女を抑えるのにたいへんな努力が必要でした。彼女は私のことを粉々にしてやると脅したので、私はあえて彼女に近づく危険をおかしませんでした。彼女はまた、絶えず自分を傷つけようとしましたし、あたりを陰険な様子で見回して、自分を掴んでいる者たちを傷つける機会を狙っていました。それと同時に、彼女はわめいたり暴言を吐いたりし続けました。それはあまりにも酷かったので、数千の邪悪な舌が一斉に話しているようでした。
 注目すべきことに、カタリナには完全に意識があり、彼女と論じることができました。戒められると、「私は自分の言行を抑えられないのです」と彼女はよく言いました。そして、「自分をしっかりと押さえて、自分が何か酷いことをしないようにして下さい」と私たちに頼みました。後になっても、彼女はすべてをはっきりと覚えていました。そのため彼女はひどく落ち込んだので、私は数日費やして彼女に助言と励ましを与えなければなりませんでした。多くの祈りの後、そうした記憶は少しずつ薄れて行きました。
 カタリナの中にいたこの悪鬼は、体を離れた人の霊としては現れず、サタンの有力な使いのひとりとして現れました。その悪鬼はこう言い張りました。「もし俺がアビスに落とされるなら、サタンは致命的打撃を受けるだろう。しかし、それによって、カタリナも血を流して死ぬだろう」。突然、夜中に、必死なうなり声がカタリナの喉から続けて発せられました。そのうなり声は一五分ほど続きましたが、その叫びは陰惨な力強いものであり、あまりにもうるさかったため、村の住人の半数がそれを聞きました。それと同時に、カタリナは激しく震え始めたので、関節が外れるのではないかと思われました。この悪鬼の声は、途方もない傲慢と反抗心の入り交じった、恐れと絶望の声でした。神は、その悪鬼が通常の罪人のように去るよう強いる代わりに、少なくともある程度の誉れと共に地獄に行くことを許さなければなりませんでした。  その後、朝の二時に、カタリナが椅子の上で上体をのけぞらせていた時、自称サタンの使いは、人の喉が発し得ない声で、「イエスは勝利者だ!イエスは勝利者だ!」という言葉を轟かせました。この言葉を聞いた村人らはみな、その意義を理解しました。そして、この言葉は多くの人に消すことの出来ない印象を残しました。この悪鬼の強さや力は分毎に弱まっているように見えました。悪鬼はますます静かに、ますます動かなくなって行き、遂にカタリナを解放して去って行きました――まるで、死にかけている人から命の光が消えたかのようでした――それは朝の八時頃のことでした。
 この時、二年に及ぶ戦いが終結したのでした。確かに、その後もなすべき事が残っていましたが、それは崩壊した建物から瓦礫を取り除くようなものでした。例えば、ハンスはさらに二、三の攻撃を受けましたが、他の人々はそれにほとんど気づきませんでした。カタリナも時々ひきつけを起こしましたが、彼女もすぐに完全に回復しました。その後の出来事は大したものではなく、他の人々はそれに気づきませんでした。
 ゴットリーベンについて述べると、その後の数ヶ月間、暗闇の軍勢の新たな試みを数回受けましたが、これらの攻撃は失敗する定めにあり、あまり私の注意を引きませんでした。最終的に、彼女は完全に健やかになりました。彼女が患っていた昔の病を、彼女の医者はよく知っていましたが、それらの病はまったく消え去りました――吊り上がった肩、短い足、胃の問題、その他の病は消え去ったのです。かなりの期間にわたって、彼女の健康はあらゆる点で安定していました。これは神の奇跡です。
 ゴットリーベンの気質も、この上なく嬉しいことに、よくなりました。彼女の謙遜さ、誠実で思慮深い話しぶりは、断固たる姿勢と慎ましさとが合わさることによって、多くの他の人々を助けました。このような洞察力、愛、忍耐をもって子供たちを世話できる婦人を、私は他に知りません。私はしばしば自分自身の子供たちを彼女に預けました。昨年、彼女は手芸を教えてくれました。今、私は保育園を始めようとしているのですが、その校長に彼女ほどふさわしい人を見つけることはできませんでした。

一八五〇年に、ブルームハルトはゴットリーベンのその後の生活と働きについて、こう評している。

彼女が私の家族の一員になって以来、家事や子育てを取り仕切る上で、彼女は私の妻の最も忠実で賢明な助けになってくれました。この役割における彼女の忠実さと、家を通りかかる人々に及ぼした彼女の影響力とを、他の人々は証しすることができます。彼女を知る人はみな、尊敬と感謝の念を込めて、彼女のことを話します。彼女は私にとってほとんど必要不可欠な存在になりました。特に、精神的に病んでいる人々を世話する時にそうでした。そうした人々は大抵彼女を信頼するようになるので、私の時間をほとんど必要としませんでした。彼女は召使いとして私たちに雇われたのではありません。というのは、彼女は感謝の気持ちでいっぱいで、働きの報酬を受けることができなかったからです。むしろ、彼女は姉のカタリナや兄のハンス同様、自分を家族の一員と考えていたのです。

ハンスはブルームハルトの牧師館の雑用係になった。彼は木を割る達人であっただけでなく、精神的に病んでいる人々の世話にも長けていた。そのための特別な賜物があったのである。ブルームハルトは彼のことを世話役と好んで呼んでいた。

こうして、この戦いはしばらくの間、ますます奇怪さの度合いを増していく恐れがあったものの、良い結末を迎えたのであった。この戦いの結果の一つは、ブルームハルトがますます孤立するようになったことであった。友人たちはみな彼を見捨てた。親友のバースですら、もはや彼を理解していないようであった。ブルームハルトからの次の手紙がこれを示している。

この手紙は一八四四年一月二日にバースに宛てて書かれたものであるが、この二人の人の関係が悪化しつつあった証拠と勘違いしてはならない。確かに、バースは高圧的だとブルームハルトは不平を鳴らしているが、彼らの関係は常に誠実さと忌憚のない会話という特徴を帯びていたのであり、彼らは生涯親友であり続けたのである。

あなたは私に命令することを欲していましたが、あなたに従っていたら、間違いなく私は破滅していたでしょう。敵に背を向ける者は負ける、ということをあなたは知らなければなりません。あなた自身が述べたように、敵の狙いは私を滅ぼすことだったのです。そうではあるのですが、キリストのゆえに、隠し立てせずに私に言って下さい。この世には悪魔の力以外の力は何もないというのでしょうか?私は子ヤギの皮の手袋で悪魔を取り扱うべきだったのであり、悪魔を好き勝手に放置して、悪魔の攻撃から身を避けるべきだった、とあなたは勧めているのでしょうか?私の親愛なる兄弟よ、目を開けて、私に言って下さい。悪魔はすべての人を滅ぼそうとしているのではないでしょうか?それなのに、神の御言葉によって悪魔と正面から対決する代わりに、身を引いて自分の殻の中に引きこもるなら、滅ぶ危険性がますます大きくなるということに、あなたは同意されないのでしょうか?ああ、兄弟よ、哀れな人類の上にのしかかっている言語を絶する苦悩を、あなたはご存じないようです!
 キリスト教圏やこの世全体で、魔法がどれほど実行されており、悪魔との連合がなされているのか、その恐るべき広がりをあなたはご存じないか、もしくは、心に留めていないのです。しかし、これを知って確信しているにもかかわらず手を引くなら――私は悪魔よりも酷い者になってしまいます!私はあえてこれに手をつけたことを分かって下さい。イエスは悪魔の首を折ることができるのかどうかを、私は見たかったのです。ご存じのように、そうするよう駆り立てられているように私は感じていたのです。最初に疲れ果ててタオルを投げるのは誰かを見たかったのです――悪魔でしょうか、私でしょうか。私はあえてそれに手をつけました。私は戦いました。丸一年半、日々、神の御言葉に導かれて、神への私の叫びが答えられないことは到底ありえませんでした。私のこの信仰の正しさは、あの大いなる日にきっと証明されるでしょう。その日、私に対してあわれみ深かったイエスは、私を擁護して下さるでしょう。
 事実、イエスはすでに私を擁護して下さったのです。戦いが終わるたびに――子供のように――私がどれほど幸せだったのか、どれほど感謝に溢れていたのかを、あなたは理解しなければなりません。そして、私がどのように祈ることを学んだのかを、あなたは理解しなければなりません。救い主に求めるだけでかなえられることがたくさんあります。これは特に私たちの子供を見ればよくわかることであり、愛する妻のドリスはそのゆえにただただ喜びに満ち溢れています。「主よ、私に力を与えて下さい」と上に向かって溜め息を一つつくだけで、私は回復されます。極めて困難な夜間にわたる戦いの後でも、私が何をくぐり抜けてきたのかを、私の顔を見て言い当てる事の出来る人は、きっと誰もいないでしょう。誰かに尋ねてみて下さい。その人が、今週、私が消耗したり弱っているように思ったかどうかを。今週、私は自分の会衆の前に一五回立ち、四〇時間連続で眠らなかったのです。

暗闇の王国に対する戦いについてのブルームハルトの写実的描写を読み終えたところで、彼の警告を思い出すといいだろう。私たちがこの暗闇にどれくらい持ちこたえられるかは、贖い主であるイエスの光をどれだけ経験するかによるのである。確かに、メトリンゲンのこの戦いの間、イエスの臨在が認められたものの、それは悪の軍勢のより劇的な出現によって覆われてしまうことがしばしばであった。しかし、どちらの軍勢が勝利を得たかは明白である。いずれにせよ、この物語の極めて素晴らしい劇的な章が、まだ続くことになっていたのであった。