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神の教会へ

「これらの言葉をもって互いに慰め合いなさい」
(テサロニケ人への第一の手紙四章一八節)

エバン・ロバーツ

このメッセージは一九一三年一二月号の「勝利者」誌に掲載されたものです。


昼も夜も私の霊の上にある負担は、「私たちの主イエス・キリストが今すぐ天から現れて、ご自分の聖徒たちを携え挙げて下さいますように」というものです。私は神に祈ります。どうか神があなたを整えて下さり、その状態を保って下さいますように。どうかあなたが、天に「携え挙げられる」このさいわいな人々の数に加えられますように。

私たちは私たちの主の現れの「時」を知りませんが、シメオンのように生きているうちに、聖霊によって主の来臨の啓示を受けることはできます。今日、用意のできている信者に対する御霊の特別なメッセージは、「あなたは死ぬことなく携え挙げられて、空中で主と会うでしょう」というもののようです。祈りや賛美歌の上に特別な油塗りがあります―― 一言で言うと、「携え挙げ」と関わりのあるすべてのものの上に特別な油塗りがあります。

「その日」は間近に迫っており、私たちは一瞬のうちに永遠に主のように変えられます――こう思うことは一つの霊感です。一瞬のうちに、私たちは罪のない者にされるでしょう――ああ、なんと崇高な人生!ああ、なんと霊を奮起させる思い!呪われた罪は永遠に終わります!罪は永遠に私たちの足の下であり、私たち自身は神の純粋な性質で完全に満たされ、その美しさと完全さが私たちの各部に宿ります。それ以降、私たちは恥じることなく神の御前に出て、天使たちの間を歩むでしょう!ああ、なんとさいわいな時!「来たりませ」が私の霊のおさえきれない叫びです!そのような時が戸口に迫っていると考えてごらんなさい!ああ、用意しなさい、彼が私たちに授けた働きを完成させなさい、人々を整えなさい。

「一瞬」のうちに、私たちの体も霊の体にされます!ああ、幸いな日よ!今部分的に経験しているこのような艱難をすべて通った後、完全な霊だけでなく霊の体をも持つことになるとは!それから、ああ、罪のない生活!それに倦むことのない働き!これより後、永遠に、私たちは完全に霊的になり、私たちの喜びは人生の至福・至聖の時に経験した喜びの千倍にもなるでしょう。これは私たちを大声で、「ああ、天の約束の時よ、来たれ!」と叫ばせないでしょうか?

神のなさるすべてのことの背後には、精妙な予定があります。時は神によって測られています。今日、神は御霊を通して、「私の御子の再来は間近に迫っています。あなたたちは用意しなさい」と言っておられるようです。

それから一瞬のうちに、私たちは朽ちないものを着せられるでしょう。その後、私たちは死や恐れや苦しみを超越するでしょう。そして、暗闇や影のない日の中で、私たちは主の満足のために永遠に主に仕えるでしょう。

「あなたたちは用意しなさい!」

この望みの中で主の速やかな来臨を待ちつつ。

エバン・ロバーツ

一九一三年一一月一四日