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水の福音
藤井武
Takeshi Fujii
天然の世界において、光に次いで微妙なるものは水である。水なくして生命はない、水なくして美はない。大洋を蔽う水、蒼穹に浮かぶ水、渓間を流るる水、山上に湛うる水、湧き溢るる泉、降りそそぐ雨、葉末におく露、峰々を埋むる雪、地の下より天の上まで、あまねく往き通いてはその分を果たしつつある。かくも変化に富む何ものかあろう。力あるは水、こまやかなるは水である。
このゆえに福音は多くの場合に水によって象徴せらるるに適する。唯に象徴せらるるのみでない、またしばしば現実の水そのものが意味ふかき事実を作る。
一 恩恵と水
我らが住む地の揺藍は水にあった。「地は形なく空しくして、黒暗、淵の面にあり、神の霊、水の面を覆いたりき」。この水の中から地とそれに充つるすべての善きものとが出たのである。創造六日はその前後両半期の各初日(第一日と第四日)に光の出現を見たほか、すべて水の分化に外ならなかった。蒼穹の上の水と下の水との分かたるるは第二日、天の下の水の一処に集まるは第三日、同じ日の植生の発出および第五日第六日の動物の出現もまた水に負うところ大であった。生物の首たる人の創造についてその事は特記せられる。曰く「霧地より上りて地の面を遍く潤したり。エホバ神土の塵をもって人を造り云々」と。
人のために備えられたる楽園は水の園であった。「河エデンより出でて園を潤し、かしこより分かれて四の源となれり」。しかしてそのほとりに見るに美わしく食らうに善き諸々の樹が繁り栄えておった。
思うにこの楽園は人の住所の理想を型に現わしたものであった。水とそれより出づる樹にとこしえの生命の象徴がある。ゆえに詩人は歌うていうた、「河あり、その流れは神の都をよろこばしめ」と(詩四六の四)。預言者は預言していうた、「室の閾の下より水の東の方に流れ出づるあり、……その水下より出で室の右の方よりして壇の南より流れ下る、……水踝骨にまで及ぶ、……水腰にまで及ぶ、……早や我が渉るあたわざる河となり、水高くして泳ぐほどの水となり、徒渉すべからざる河とはなりぬ。……河の岸の彼方此方に甚だ多くの樹々生い立てるあり。彼われにいう、この水東の境に流れゆき、アラバに落ち下りて海に入る。これ海に入ればその水すなわち医ゆ、およそこの河の往く所には諸々の動くところの生物みな生きん、又甚だ多くの魚あるべし。この水到るところにて医すことをなせばなり」と(エゼキエル四七の一〜九)。使徒もまたいう、「天使また水晶のごとく透き徹れる生命の水の河を我に見せたり。この河は神と羔との聖座より出でて都の大路の真中を流る。河の左右に生命の樹ありて十二種の実を結び……その樹の葉は諸国の民を医すなり」と(黙示録二二の一、二)。これすなわち聖なる都、新しきエルサレムの幻影であった。
大洪水ののち雲の中に起こりし虹は、かつて示されたる恩恵の象徴の最も美わしきものの一つである。後にエゼキエルもヨハネも同じ虹を神の聖座の周囲に見た。
夕ぐれ、瓶を肩にのせてナホルの邑の外なる井に水汲みに出できたりしリベカの何ぞうつくしき。水に結ばれしこの福いなる婚姻はキリストとその新婦との結合の典型であった。
ヤボクの渡のほとりにヤコブは夜もすがらある人と角力した。夜明けんとすれども「汝われを祝せずば去らしめず」というて遂に彼は大いなる祝福に与かった。その人はすなわち神であった。
ナイルの河辺の葦の中より、水より援き出されたるはモーセ(援き出し)であった。彼は後にイスラエルの民を紅海の水より援き出した。大いなる恩恵の奇蹟である。曠野にて昼は雲の柱が彼を導いた。水尽きて民切りに呟いた時、彼は杖にてホレブの磐を撃ちて滾々と湧き出づる水を得た。すべてこれらの事実を注釈して後にパウロは言うた、「我らの先祖はみな雲の下にあり、みな海をとおり、みな雲と海とにてバプテスマを受けてモーセにつけり。しかして……皆同じく霊なる飲物を飲めり。これ彼らに随いし霊なる磐より飲みたるなり。その磐はすなわちキリストなりき」と(前コリント一〇の一〜四)。
「生ける水」の上に殺したる鳥の血の中にヒソプを浸しこれを七度び注ぎ、しかして水に身を濯ぐは、律法に定められたるらい病人の潔めの定例であった(レビ一四)。悔改の詩人は後に涙もて歌うた、「なんじヒソプをもて我を潔めたまえ、さらば我れきよまらん。我を洗いたまえ、さらば我れ雪よりも白からん」と。
同じ心をもって野の人ヨハネは「なんじら悔い改めよ、天国は近づきたり」と叫びながら、ヨルダン川に多くの人々にバプテスマを授けた。
イエスもまた来たりて水に浸った。その時聖霊鳩のごとく降りて彼の上に留まった。旧き世界の創造の始め、神の霊が水の面を蔽うたように、新しき世界の創造の始めにもまたそうであった。
豊かなる恩恵を象徴する最初の奇蹟はカナの婚宴における水より酒への変化であった。
ガリラヤの湖畔にヤコブの泉の傍に、限りなく福いなる音ずれは救い主の口づから伝えられた。ある時は彼自ら水の上を歩みてなやめる弟子らに近づき、「心安かれ、我なり、懼るな」と慰めたもうた。
使徒らの多くはまた水より援き出されし漁夫たちであった。彼らは魚の代わりに人を漁るべく選ばれた。後に彼らは再び湖畔に復活の主を見た。「わが羊を牧え」との声を聴いたのはその時であった。
オリブの山より、復活の主は人々の見るがうちに挙げられ、雲これを受けて見えざらしめた。その時白衣の二人がいうた、「ガリラヤの人々よ、何ゆえ天を仰ぎて立つか。汝らを離れて天に挙げられたまいしこのイエスは、汝らが天に昇りゆくを見たるそのごとくまた来たりたまわん」と。イエス自身も先に預言していうた、「……かつ人の子の能力と大いなる栄光とをもて天の雲に乗り来たるを見ん」と。
人の子が天の雲に乗り来たるの日は、また彼が「苅りとれる牧にふる雨のごとく、地をうるおす白雨のごとくに臨む」の日であろう(詩七二の六)。その日はまた「荒野に水わき出で、砂漠に川ながれ、焼けたる砂は池となり、湿いなき地は水の源となる」の日であろう(イザヤ三五の六、七)。雲である、雨である、白雨である、川である、池である、水の源である。創造は水より始まりて水に終る。かくて「聖座の前にいます羔が我らを牧して生命の水の泉にみちびく」とき我らの目よりすべての涙が拭われるであろう(黙示録七の一七)。
二 審判と水
潤す水の柔らかさに引きかえ、氾濫する大水の強さは火にも劣らない。そのゆえに恩恵と共に審判もまた水によって代表せられる。イエスが山上の垂訓の終わりに「雨ふり流れみなぎり風ふきてその家をうてど云々」というたごときはその一例である。
しかして事実上、水をもってする大いなる審判がかつて行われた。言うまでもなくノアの時の洪水すなわちこれである。ノアの六百歳の二月、「大淵の源みな潰れ、天の戸ことごとく開けて」、すなわち創造第二日と第三日とに定められし下なる水の限界と上なる水の関門とが均しく撤去せられて、雨は四十日四十夜地に注ぎ、天下の高山みな蔽われ、遂におよそ地に動く肉なる者ことごとく拭い去られたという。この記憶すべき出来事は、最後の日の大審判の模型としてイエスの自ら説明したところである。
イスラエルの民を追うて紅海に入りしエジプト軍が反流する水に蔽われ、戦車騎兵ことごとく没したのもまた審判の一模型たるを失わない。ゆえにイスラエルの民ら歌うていうた、「汝気を吹きたまえば海彼らを覆いて彼らは烈しき水に鉛のごとくに沈めり。エホバよ、神の中に誰か汝に如くものあらん」と。
三 水としての聖霊
恩恵を象徴し審判を象徴する水は、また実に神の霊そのものを象徴する。イエスは日の熱きころヤコブの泉の傍に坐して、「我に飲ませよ」と言いながら、「すべてこの水を飲む者はまた渇かん。されど我が与うる水を飲む者は永遠に渇くことなし。わが与うる水は彼の中にて泉となり、永遠の生命の水湧き出づべし」と説いた。またエルサレムにて大いなる祭日に群衆の前に立ちて、「人もし渇かば我に来たりて飲め。我を信ずる者は聖書にいえるごとく、その腹より生ける水、川となりて流れ出づべし」と叫んだ。聖霊はまことに永遠の生命の水の泉である。これを受けたる者にのみ朽ちざる生命はやどる。従ってそれはいつまでも渇くことなき水である。常に溢れて常に新鮮に、我らを潤おし力づけてやまない。それはまた飲む者の腹より川となりて外に流れ出る。聖霊に満たさるる者の顔はかがやき、その言に真理と恩恵との響きがあり、その行いに愛と義との香りがあって、彼に接する者をしておのづから祝福に与らしめる。
この福いなる水を措いて人の渇きを真実に癒すものが何処にあろうか。ゆえにイザヤもいうた、「ああ、なんじら渇けるもの、ことごとく水に来たれ、金なき者も来たるべし」(五五の一)、「我れ(エホバ)渇けるものに水をそそぎ、乾たる地に流れをそそぎ、わが霊をなんじの子らにそそぎ、わが恩恵をなんじの裔にあとうべければなり。かくて彼らは草のなかにて川のほとりの柳のごとく生えそだつべし」(四四の三、四)、「エホバは常になんじをみちびき、乾けるところにても汝のこころを満ち足らしめ、なんじの骨をかとうしたまわん。なんじは潤いたる園のごとく、水のたえざる泉のごとくなるべし」と(五八の一一)。
同じように詩人は歌うた「エホバは我を……いこいの水浜にともないたもう」と、また「かかる人は水流のほとりに植えし樹の、時にいたりて果を結び、葉もまた凋まざるごとく、その作すところ皆さかえん」と。聖霊は静かに流るるいこいの水である。彼はまた樹のごとくに人を潤おしこれを生かして多くの善き果を結ばしめる水である。
かのエゼキエルの見たる聖所より流れ出づる河といい、ヨハネの見たる新しきエルサレムの大路の真中をそそぎゆく河といい、みなこの水に外ならない。「神と羔との聖座より出づる」水である、「生命の水」である、「水晶のごとく透き徹り」て飽くまでも清冽なる真清水である。
「水なるかな水、シリヤに夏の旅して生ける水の味を知る。烈しき日、乾燥せる空気、日を照りかえして白くきらめく岩の山、見るだに咽喉のいらく土の家、見るものことごとくただ渇きに渇きて、旅人の気も遠く目も眩まんとする時、ここに生ける水の泉あり、滾々として岩間より湧き出づ。嬉しさは言に尽くし難し」と或るパレスチナ巡礼の客はいうた。我らもまた砂漠の旅人である。我らもまた水を慕う。しかしてその尽きざる泉を千歳の岩なるキリストに見出して、喜び言い尽くしがたい。