イエス・キリストの一生はそれ自体がすでに真理であった。彼はただにその言をもって神を顕わしたまいしのみならず、又その行いをもって真理を顕わしたもうた。我等は思う、もし聖書の中より彼の説きたまいし教訓が除き去らるるとも彼の生涯に関する記事が存っておる限りは、我等は福音を失わないのであると。実に彼の生涯を探りて数限り無き深き真理を発見するのである。殊に彼が地上三十年の生活を全く孤独の裡に過ごしたまいしがごときは、我等のために大いなる教訓を垂るるものなるを憶わざるを得ない。
第一に彼はその家庭においてすでに孤独であった。もちろん彼は母として聖きマリヤを有っていた。彼女がイエスの生まれる前よりしてその神の子であるとの黙示を受けていた事は聖書の記す処である(ルカ一章)。しかし聖書は又それと同時に彼が家族の人々より狂人として取り扱われたと記している(マルコ三章二十一節)。マリヤといえども未だ真の知己ではなかったのである(ルカ二章五十節、ヨハネ二章四節)。まして彼の兄弟は彼を解することが出来なかった(ヨハネ七章五節)。イエスは家庭にあってすでに孤独の人であった。
郷党の隣人は如何であったか。イエスはガリラヤ諸村で多少の信者を得たまいしときにも、独り故郷ナザレにおいては人々皆躓き遂に厭うて彼を棄てたとある(マタイ十五章五十四節以下)。「彼は何処よりこの知識を得しや、彼が大工の子にしてヤコブ、ヨセフ等の兄弟なるは我等のよく知る処である」と。かくして郷人はイエスの大を認めることが出来なかった。彼がキリスト神の子であるとは夢にも思わなかった処であろう。実に預言者はその故郷にて尊ばるることなしである。恐らくガリラヤ諸村のうちナザレ人が最も彼を解し損なったのであろう。
家族しかり郷人しかり。弟子は如何であったか。弟子は最初から彼の人格を慕うて従ったものである。ゆえに何人が彼を誤解しようとも、少くとも弟子だけは彼の知己であるべきはずである。しかしてその中にはペテロもいた、ヨハネもいた。彼等がイエス・キリストの忠実なる宣伝者であったことは事実である。しかしそれは後のことであった。イエスのこの世に在りたまいし間弟子等の信仰はなお見すぼらしきものであった。十二人の中最も勝れていたるぺテロさえ彼の死を解することが出来なかった(マタイ十六章二十二節)。彼の蹉跌に関するイエスの預言を読んで誰か泣かぬものがあろうか。鶏鳴かざる前に汝三度び我を知らずといわんと(マタイ二十六章三十四節等)、この悲しき預言は的中した。恃み甲斐なきペテロよ、ましてその他をやである。イエスの捕えられし時に、一人の彼のために生命を棄てんとする弟子が無かったではないか。ゲッセマネ山上の血を注ぎての祈りの時さえ、弟子中の粋を抜きたるペテロ、ヨハネ、ヤコブの三人が意気地無くも揃って居睡りを催していたではないか。ああ、大いなる悲劇!大いなる孤独!否、それ処ではない。イエスを裏切りしその人は果たして何人であったか、その名を聞くも憎しげなるイスカリオテのユダはそもそも何人であったか。
我等はさらに眼を転じて当時の識者を見よう。イエスの当時にももちろん学者はあった、宗教家はあった。せめて彼等の中になりともイエスの知己があったであろうか。旧約の預言に精通していた彼等こそイエスのキリストなることを先ず第一に覚り得べきはずであった。しかしながら事実は却て正反対であった。彼等は学者、宗教家なりしがゆえに却てイエスを知ることが出来なかった。憐むべきは赤子の心を有たざる智者達者である。憎むべきは偽善なる学者パリサイの徒である。彼等は相寄って遂に神の子イエスを十字架に釘けてしまった。祭司の長カヤパがイエスを罪人なりと宣告したその理由は、すなわちイエスが自己をキリスト神の子であると言うたからである。実にイエスを識らざりし者にして学者宗教家のごときはない。恐らく今日においてもまたそうであろう。彼等の眼はただこの世に向かって開かれている。ゆえに彼等がイエスの知己たらざりしはむしろ神の聖旨に出づるのである、これすなわち彼等に対する審判であったのである。
当時の国民は如何であったか。大多数の群集の行動は無意味なるものであった。彼等はある時にはイエスの教えに驚嘆している(マタイ七章二十八節)、ある時には好奇心をもってぞろぞろと彼の跡を追うている(マタイ十二章十五節、十九章二節等)、ある時には又喝采しておる(マタイ二十一章九節等)。しかしながら何時も彼等には真心がなかった、赤子の心がなかった。彼等は到底モップたるに過ぎない。見よピラトがイエスを赦さんと欲してバラバかイエスかと問いし時に、彼等は口を揃えてバラバを赦せと叫んだではないか。救い主の出現を待ち望んでいた彼等も、学者や宗教家と一緒になってイエスを十字架につけてしまったのである。彼等は真個の平民ではなかった。ただ境遇上の平民たるに過ぎずしてその心は矢張り貴族的であったから、遂に平民の友を認むることが出来なかったのである。
最後に我等の考うべきは罪人と病人とである、社会の弱者である。実にイエス自身の宣いし通り、心の貧しき者は福なるかな、哀む者は福なるかなである。彼等は自己の弱きを知っておる、彼等は自己を投げ出すことが出来る、赤子の心を抱き得べきは彼等である。ゆえにイエスの同情は偽善なる学者パリサイの徒にはあらずして、憐むべき罪人病者に向かって注がれた。彼は自ら罪人の友をもって任じた、彼は病める者に向かって満腔の同情を有っていた。娼妓、税吏、らい病人、盲者、これ等の者がイエスの友であったのである。そしてイエスに対してとにかく多少の信頼を懐いていたものもまた彼等であった。イエスが病者を癒したまいしは、皆その信仰を認めたもうた上の事であった。「汝の信仰汝を癒せり」とある。イエスの在世中多分最もよく彼を解したと思わるるベタニアのマリヤのごときも悪しき行いをなせる婦人であったと、福音書記者の一人は記しておる(ルカ七章三十七、三十九節)。実にイエスの知己にしてもし求むべくんば、彼等弱者の中にあったのである。しかるに彼等の間にイエスを明らかに神の子であると信じていたものはなかった。預言者の中の最も大いなる者、恐らくかかる程度において彼を解していたものであろう。しからずんば復活を待たずして彼等の間に大いなる信仰が起こりしはずである。畢竟彼等といえども人以上のイエスを認むることが出来なかったのである。
ここにおいてイエスの生涯は全然孤独であった。国民彼を知るにあらず、識者彼を認むるにあらず、郷人彼を知らず、家族知らず、弟子また知らず。天涯地角彼はただ一人であった。世にもし寂寥をかこつべき人ありとせばそれは実にイエスであった。何人の孤独か彼に比ぶることが出来ようか。
しかしながら福なるは彼である。人に対して無限の孤独を感じたまいし彼の心は決して寂寥ではなかった。一人の友を有たざりし彼は却て常に悦びに充ちたる人であった。彼はしばしば人を去りて独り寂しき処に往きたもうたとある(マルコ一章三十五節、ルカ四章四十二節等)。孤独なる彼が寂しき処に往いて何をなしたもうたのであろうか。祈り!しかり心ゆく祈り、その友に言うごとくに面を合わせて神と言うその祈り、これありて彼は寂しくなかったのである。家族は彼を狂人と見た、しかし神はわが愛する子よといいて慰めたもう。郷人も弟子も彼を解しなかった、しかし父はよくその独子を知りたもう。識者も平民も彼を十字架に釘けんと焦った、しかし父なる神はその国に彼を招きたもうたのである。病人も罪人も彼の神の子であることを明らかに知り得なかった、しかし窮なき栄光とすべての者を制むる権威とは彼に賜わったのである。
汝等散りて各人その属する所に往きただ我を一人残さん、されど我独りおるにあらず、父我と共にあるなり、……我すでに世に勝てり(ヨハネ十六章三十二、三十三節)
真に彼の言の通りである。人は皆彼に背を向けて去った。しかし彼は孤独なるがごとくに見えて実は大いなる伴侶を有したもうた。父のみは常に彼と共にありて最大の権威を彼に賜うた。すべて神の属は彼の属となった(ヨハネ十七章十節)。世は彼を棄てたけれども神は世を彼に与えたもうた。かくして彼を十字架に釘けたる世は、彼を殺さずして却て自己を殺したのである。この世の主なる罪と死とはその時より権力を失って、イエス・キリストによる聖潔と永生とが世を支配するに至ったのである。驚くべき勝利。しかしてこれ孤独の勝利である、世に孤独にして父と共にある者の勝利である、人に知られずして神に知らるる者の勝利である。
しかしてイエスの生涯の孤独はただに神の子の勝利を語るのみではない。すべて真理は常に孤独にして世に勝つものなるを教うるのである。実に真理の力あるはその神より出づるものなるがゆえである。真理は相寄って力を増すものではない。真理は寸毫も人に頼るものではない。真理は独り立って強い。神によって立って独立は何よりの勢力である。今の人はいう団結は力なりと。しかし真理はそうではない。真理に取っては独立は力である。我等はイエスに倣い神の事業に与るに、決して世の人のごとく共同の力を望まない。もし共同するにあらずば倒るるものならば、初めより神の事業ではないのである。我等は世に与みしない、人の力を頼まない。我等に大いなる伴侶がある、イエス・キリストこれである。彼と共にあって我等は孤独をもって満足する、彼を磐として立って独立は感謝すべき恵みである。