「日の下には新しきものあらざるなり。見よ、これは新しきものなりと指して言うべきものあるや」と、ユダヤの賢者は歎じていうた。まことにそうである。しかし我らは遂に一つの新しきものを見いだしたのである。ナザレの人イエスである。彼の生涯、彼の人格こそは、前にも後にも比いなきもの。ここに「目は見て飽く」べく「耳は聞きて充つ」べき唯一のものがある。イエスこそは道であり、真理であり、生命である。
世にイエス伝は多い。そのレギオン(軍勢)に更に一兵を加えようと私はおもわない。この書はイエスの伝記ではなくして、むしろ彼の研究である。すなわち彼の生涯の主要なる事実を選んで、その宗教的並に歴史哲学的の意義を考察し、殊に彼の独一なる人格を捉えて、その道徳的並に心理的の特性を現示せんと試みたものである。もし従来のイエス伝が彼に関する平面的絵画的描写であるとするならば、この書は彼に関する立体的彫刻的表現の一種であると言えよう。かくのごとくにして、道であり真理であり生命である彼の姿を、より新鮮により明確に印象づけんと欲するのが私の目的である。
素より数うるに足らぬ労作である。しかしふたりなき人の子の面影を伝うる上に、もしいささかの独創味もありて、永遠の生命への新しき栞の一枝ともなるを得ば、私の望みは足る。
一九二七年十二月