藤井武

かつて見ざりし道徳的混乱の時代に世界は今や臨んだ。何人もそれがいかにして収拾せらるるかを予言することが出来ない。この時に当りて識者の深き注意に値するは、最近五十年来全世界の誠実なる(もちろん少数なる)キリスト者の間に著るしく勃興し始めたるキリスト再臨の希望である。その鮮やかさは実に使徒時代以後いまだ見ざりし光景に属する。思うにある学者の主張するがごとく、その事自体が再臨とこれに伴う世界的革命との切迫を語るものではないか。いずれにせよ、今は特別に人類と天然との永遠の希望を明らかにすべき時である。多分四百年前に「信仰によって義とせらるる」の大真理が原始の姿をもって発揚せられしごとくに、「我れ速やかに来たらん」とのさいわいなる音信おとずれもまたその本来の光を放ちて輝くべき時が来たのであろう。小著願わくは彼に対する待望のこころにさらに油を注ぐの器として用いられんことを。

一九二〇年十一月