竜すなわち悪魔たりサタンたる古き蛇は、強剛なる一人の御使いに捕えられて底なき坑に幽閉され、確く封印されて千年の間鎖の力に服ろわされる。どうしてこんなことが起きるのであろうか。第一の死と第二の死との間に何故にかかる時代が介在するのであろうか。「サタンをして千年の終わるまで諸国の民を惑わすことなからしむ」るには何か理由がなければならない。
サタンが不在であれば誘惑は人々を遠ざかるであろう。平穏無事時代が来るであろう。人は平穏なるのゆえに果たして正しく神に仕えるであろうか。否、無事なるゆえに、かえって心は眠り神を忘れるおそれがある。神は「昨日も今日も永遠に易りたもうことなく」人に対して常に真実でありたもうが、人は無事泰平の境遇にありては恩恵に狎れて信頼を失い、神在まさざるごとくふるまわんとするのである。して見れば、神が時と境遇の別なく常に神として拝せられんがため、言い換えれば人の信頼の試煉のために、神は特にかかる平穏無事の千年時代を設けたもうたのでなかろうか。神の人に要求めたもうものは、常に易りなき純なる信頼である、時と処と状態に関わりなき信頼である。神の永遠の祝福の国に入るためには、信頼は純粋なるものであらねばならない。「色なき空を雲もて装うにも、渇ける地を驟雨もて湿すにも、昇るも降るもただ彼の讃美を挙げよ」（ミルトン）、かくのごときが信頼であり讃美である。
サタンその影をひそめてなお信頼の心揺がず、神に目をそそぎ信頼を貫き通すならば、神は人を祝福したもうであろう、その全き心備えのゆえに。我々の生活において、外的条件が備わり苦難がとり去られているときほど、信仰に警戒を要するときはない。外的に豊かにして平穏なることは、内的に乏しからしめ魂に惰眠の機会を与える。いつわりなく飾りなき幼児のごとき単純なる信頼の心根のみが、よくかくのごとき境遇にも驕らず躓かず、ただ主のみを仰ぎ得るのである。げに、「心貧しき者は福である、天国はその人の有である」。
かくのごとき絶対的信頼なくば、鎖切れ封印解かれて怪物サタンが再び地上に現われるとき、人の心は揺らぎ神への信頼は全うされないであろう。遺憾これより大なるはない。「終わりまで聖名のために耐え忍び」、「死に至るまで忠実なる者に」のみ、永遠の生命の冠冕は授けられる。
いつか、げにいつか必ず期は来て、都より村より、野辺より谿間より、山の奥より海の底より、死にとし死ねるなべての者がひき出だされて聖前に来たる、聖前には数多なる巻が展かれ生命の書もまた開かれる。すべての人はその生きし生き方を検べられこれに応じておのおのの審判を受ける。生命の書に名のなき者は残りなく火の池に投げ入れられる。哀哭切歯の亡霊はかくて第二の死に焼かれる。けれども、ありし日キりストにありて勝を得て生命の書に記されし者に向かっては、第二の死はその首すら擡げ得ないであろう。