日本の現実と理想

藤井武

私は日本人である、私は近代人である。而して私は肉に於て近代日本人と共通の多くのものを持て居る。併しながら霊に於て理想に於て、私は自分と彼等との間に殆ど交渉を見いだすことが出来ない。彼等の求むるところは私のねがふところと互に反対の方向に走る。彼等の笛は私を踊らせず、私の歎きは彼等を胸うたしめない。

然るにも拘らず、日本は私のあこがれである。私の内にあるキリストの霊は日本をおもふ心をして私を食はしめる。光輝ある理想の日本のすがた、日々に私の眼底にきらめく。

現実の日本よ、汝が私を嫌ふごとくに、私も亦汝に堪へない。汝を見るとき私の心は氷のやうに冷える。汝に対して私は異邦人である。

理想の日本よ、私は汝にき、汝は私に属く。汝のうちに私は生き、私のうちに汝はそだつであらう。

「旧約と新約」第七〇号 一九二六年四月