秋たけて霊感ますます豊かである。一夜月下に靄ふかき武蔵野を歩んで、感恩のおもひ尽くるところを知らず、衣も装も滴るばかりに冷き夜つゆを浴びて帰つた。
私の感謝は主として患難の経験にある。私が若し僅少ながらそれらのものに遇はなかつたならば如何であらう乎。神は涙の谷に於て最も鮮かに御自身を私に顕はしたまうた。イエスは私を誘うて荒野にみちびき、其処にてみこころの深きところを私に語り給うた。私は患難の堪へがたさを知る。併しそれは私にとつて絶対の必要である。私はわが愛する栄光の君との限なき親しさに進まんがために、苦がき酒杯をなほも満たしたまへと祈る。
成功よ、私は心よりなんぢを嫌ふ。此世の喝采よ、間達うても私の身辺に近づくな。孤独よ、失敗よ、貧窮よ、なんぢら天よりの霊感と共に、終まで私の親しき伴侶であれ。人の子イエスよ、なんぢ私と共にいませば、死かげの谷もそのまま私に天国であることを感謝する。
「旧約と新約」第六五号 一九二五年一一月