第三章 神による僕の選び

セス・C・リース

「しかし神は、知者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選び、有るものを無いものとするために、この世の卑しい者、さげすまれている者、実に、無きに等しい者を選ばれたのである。」(一コリント一・二七、二八)

コリントは、富、文化、科学、芸術で有名な都であり、不道徳で悪名高い都だった。哲学者や修辞学者が大勢いた。学問の偉大な中心だった。しかし、聖霊がコリントの教会に送られたこの手紙の最初の章で、聖霊はこの御言葉が示すこれらの重要な真理を述べておられる。すなわち、神、偉大な神は、知者をはずかしめるために、愚かな者を選ばれたというのである。この御言葉は、信仰の戦いと恵みの勝利のために神が選ばれた人々や物事の一覧を示している。

もしかすると、あなたは今晩、自分が神の最上の選択からもれているのを見い出して驚くかもしれない。それでも、もし望むなら、この中に入る素晴らしい機会がある。あなたは自分で選ぶことができる――愚かな者、さげすまれている者、弱い者、卑しい者、まったく無きに等しい者になることができるのである。というのは、この五つの部類の人たちは、神が最も大いなることを成し遂げるために選ばれた者たちだからである。

この一覧の一番目は「愚かな者」である。神は知者をはずかしめるために愚かな者を選ばれた。コリント人たちは、神に仕えて神に用いていただくには、自分たちの文化を無視しなければならないことを知って、大いに悔しがり、面目を失ったにちがいない。コリントは現代のボストンのようだった。パウロは彼らに告げる。神は彼らの文化を冷笑しておられ、もし神に仕えたければ、自分たちの文化を放棄するか、あるいは少なくとも無視して、愚かな者にならなければならない、と。これはコリント人たちにとって、極めて厳しい言葉だった。しかし、神の御言葉は永遠に天で確立されている。神が選択される時、われわれにできる最善のことは「アーメン」と言うことだけである。神がわれわれを勘定に入れて下さっているのに、自分を除外するのは賢明ではない。

神は愚かな者を選ばれる。六十万人の神の軍隊が、武器ではなく雄羊の角笛を持って、エリコの周辺を行進するのは、エリコの人々にとってとても愚かしいことに思われたにちがいない!これを考えてみよ。何という大砲か!どんな砲撃ができるというのか?軍事学者にとって、これは馬鹿げたことよりもなお酷いことだった。しかしそれでも、この六十万人は行進を続け、雄羊の角笛を吹き鳴らす以外何もしなかった。そして、遂に叫ぶ時がやって来た。彼らが叫んだ時、彼らの叫び声の響きに応じて、この呪われた都の城壁は轟音をたてて崩れ落ちた。愚かに思われたことが、この場合、獲得可能な最大の勝利であることが示されたのである。

「愚かな者」を神は選ばれた。キリストは十二弟子に、五千人の男たちと、おそらく一万五千人の女子供を養うよう仰せられた。見たところ、五つのパンと二匹の魚しか無いのにである。これは利口な人にはとても愚かしく思われたにちがいない。彼らはハーバードや、ブラウンや、エールや、オックスフォードで、「そんなことはまったく馬鹿げている」と言っただろう。しかし、主の御旨は勝利であることが証明されたのである。

イエスは、エルサレムをサンヘドリンやその文化と共に無視して、弟子を選ばれた。これはとても愚かに思われた。イエスがローマを無視されたのは、何と奇妙なことか。ローマが世界を支配しており、その栄光の絶頂にあったのである。神の御子はガリラヤの岸辺に降りて行き、十二人の男たちを獲得された。彼らは無教養で、心がかたくなで、櫂を漕いだり網を引いたりするのに慣れた大きな褐色の手の持ち主だった。彼らの中に教育を受けた者は一人もいなかった。彼らを世界を福音化するべき運動の長に据えるとは、何と愚かなことか!しかし、彼が彼らを選んで、天からの火で彼らを適任者にされた時、この世の知恵は彼らの話の力に抵抗できなかったのである。

神があなたに成し遂げてもらいたいことをあなたが成し遂げるとき、あなたは自分の頭にはほとんど何もないことを無視して、愚かな人々と共に中に入らなければならないかもしれない。なぜなら彼らこそ、山々を打って、塵のように小さく打ち砕く者たちだからである。彼らは、頭でっかちで思い上がっている高慢な輩をはずかしめるために神が用いられる人々である。あなたたちの中にはここに来ようとしない者もいることが、私にははっきりとわかっている。まあよい、あなたには別の機会がある。

神が次に選ばれるのは「弱い者」である。神が着手される時、ことをなすのは神にとって何と容易であろう。パロは、神の民を迫害すれば、その国民は絶滅すると考えた。しかし、パロが発布したまさにその布告のおかげで、幼いモーセがパロ自身の家に入り込み、パロ自身の子として扱われるようになる機会が開かれたのである。そして最終的に、パロの王座は打ち倒され、エジプトの暴君とその民は紅海の岸辺に散らされることになったのである。こうして、エジプトの知恵ははずかしめられたのである。

立ち止まって、歴史全体を通して文化はしばしば最暗黒の時代と結びついていたことを思い出すべき時である。モーセが生きていた時、エジプトは学問の中心だった。モーセは最高の教育を受けた。彼は「幾つもの学校を卒業」した。彼は「エジプト人のあらゆる知恵による教育を受けた」と御言葉は告げているからである。それでも、神は彼に自分の教養を用いさせようとされなかった。エジプトは、今日知られていない死体防腐処理技術や薬学を知っていた。今日、古代のパロのミイラのように防腐処理を施せる葬儀屋はいない。英国博物館のパロを見てみよ。エジプト人には文化と知恵があった。今では失われたように思われる技術や科学があった。失われた技術は残存している技術よりも多いのではないかと考えている人々もいる。しかし、彼らの文化は彼らを救わなかった。彼らの学識は彼らを贖わなかった。

バビロンはかつて文化の中心だったが、バビロンはどうなったか?その王は、「このバビロンは私が建てたものではないか?」と言った。すると、その晩、神がやって来て、王は奇妙な狂気に陥り、雄牛のように草を食べるようになったのである。ネブカデネザルの壮大な眺めは、今では特定することが不可能である。

ギリシャはある時代、学問の中心だった。世界に現れた最も高度な形の文化は、パウロがアテネに立った頃のギリシャ文化である、と考える者もいる。しかし、パウロの魂は憤りを感じて、その文化をすべて拒否した。そして、コリントで宣べ伝えたのとまさに同じように、また、今晩私があなたたちに宣べ伝えているのとまさに同じように、彼らに宣べ伝えたのである。救いとは無縁なわれわれの文化や教養は、われわれを助けてくれないし、助けることもできない。われわれは、文明という神や、この世の物事という神を造り出した、これらの時代の束縛の中にある。神は、われわれが正しい秩序を保てるよう助けて下さる。

私が教育や学問を攻撃していると思う人は誰もいないだろう。この十六年間、私は学生だったし、前以上にしっかりと打ち込んでいる。しかし、頭脳に心の邪魔をしてほしくない。主の食卓に座して十分な食事を食べるのを邪魔するようなものは何もほしくない。われわれはへりくだって子供のようになり、神に御旨のままに用いてもらいのである。

「弱いもの」。モーセの杖より弱いものが何かあったか?神はモーセを遣わして、世界最強の帝国に立ち向かわせた。当時、エジプトが世界を支配していた。神が奉仕のためにモーセを欲された時、モーセはある山の後方で羊を飼っているところだった。神は、羊飼いの杖しかないモーセを見い出して、「あなたの手にあるものは何か?」と仰せられた。モーセは「杖です」と答えた。神が「それを地面に投げよ」と仰せられたので、モーセがそうすると、その杖は蛇に変わった。モーセはそれを恐れたが、神が「その尾をつかみなさい」と仰せられたので、神を信頼して蛇の尾をつかむと、蛇は杖に戻った。モーセはその杖を十回エジプトの上に差し伸べた。すると、十回天が分かれて、神はその民の上に裁きを下されたのである。その杖でモーセが紅海の海を打つと、その海は分かれた。その杖でホレブの岩を打つと、巨大なミシシッピ川が流れ出た。その川は、三百五十万人の渇いている人々と、すべての群れを潤すのに十分なものだった。神は「弱いもの」を選ばれたのである。

ダビデの投石器より弱いものが何かあったか?その投石器は少年なら誰でも造れるようなものだった。ダビデは小川に降りて行き、五つの石を拾って、イスラエルの全軍勢でさえ得られなかった勝利を神のために獲得した。何度も神は、たった一人の人や少年や少女を用いて、民の全軍勢でさえ得られない勝利を得てこられた。神は弱いものを用いるすべを心得ておられる。神は、大麦のパンの塊をミデヤン人の宿営に転がすすべを心得ておられる。神はそうやって彼らを混乱させられたので、彼らは互いに殺し合い、主は勝利を獲得されたのである。

「ギデオンの三百人」とその武器よりも弱いものがありえただろうか?たいまつと水差し以外に何もなく、たいまつは水差しが壊れるまで輝かなかったのである。土の水差しは今日のクリスチャンの大多数を表している。彼らは聖霊の力によって粉々に砕かれたことが一度もない。しかし、水差しが壊される時、光が輝き出る。そして、明かりしか持たない三百人の人でも、敵を散らして勝利を得るのに十分である。もしグラント将軍が戦いに出たなら、彼はもっと多くの人を欲しただろう。アメリカの軍隊は、最近の戦いで、それ以上のものを要求した。しかし、神が戦いを戦うことを望まれる時、神は見い出しうる最も小さなものを用いることを喜ばれるのである。

私には、恐ろしい生活から救われた一人の特別な友人がいる。彼はかつて酔っぱらいで、毎晩路上で寝ていた。朝起きると、その長い髪はまったく歩道に凍り付いていたものだった。しかし神は彼を救い、彼は神のために一万人の回心者を得たのである。彼が救われて聖められた時、彼はa、b、cすら綴れなかった。しかし、彼は聖霊に信頼し、聖霊は彼に読むことを教えられた。そして、彼は読むことを習ったことがなかったのに、ヨハネによる福音書の十四章を読んだのである。私はあなたたちに、クリスチャンらしいしっかりした品格を持つ優れた人々を示すことができる。この人たちは、私が述べている真理を証ししてくれるだろう。私の友人は奇跡的な方法でヨハネによる福音書の十四章を読んだ。彼は魂を勝ち取る素晴らしい成功者である。彼のような人がもっといればよかったのに。彼は私が知る誰よりも、高く飛び跳ね、大声で叫び、神のために魂を勝ち取ることができる。神は弱いものを用いるすべを心得ておられる。私はこれに「アーメン」と言う。

「推薦帽」をかぶった人を神が選ばれることは滅多にない。自分の身の丈を一キュビト伸ばそうとする人々に処するすべを、神はまったく知らない。しかし、弱いものと共に働くすべを神はご存じである。一匹の芋虫に処するすべを、神はご存じである。なぜか?芋虫には背骨が無いからである。「私は芋虫で山々を粉々にできる」と神は仰せられる。しかし、神はあなたでそうすることはできない。なぜなら、あなたはヤード尺を呑み込んでいて、頑なで頑固で高慢なままうろついているからである。あなたは自分自身の意のままに歩んでいて、神の義に服していない。神はあなたではどうしようもない。しかし、もしあなたが弱くなることを望んでいれば、神はあなたを用いることができたし、用いようとされただろう。

この栄誉の一覧に記されている次のものは、さげすまれているものである。神はさげすまれているものを選ばれた。ところで、人は多くの反対や迫害にあわない限り、ずっと神と親しく生きるようにはならないものである。神と共に歩む人は、自分の内なる霊に、呪われた領域から発する迫害の熱い息吹を何度も感じるようになる。神のためにこの聖なる戦いの中にあるとき、しきりに迫害を感じるようになる。彼は悪魔どもの全軍勢によって迫害されるようになる。悪魔どもはみなかつて天使だったので、天使のふりをして人々を欺くすべを心得ている。多くの説教者が欺かれており、自分の会衆を地獄に導いている。天使のふりをしたサタンによって騙されて、盲目にされているからである。われわれが欲しているのは本物の救いである。自分が何者なのかを知り、われわれをさげすまれた者にしてくれる迫害を迎えようではないか。あなたが本物を得るとき、迫害を求める必要はなくなる。

時として人々は迫害を求める。私はボストンにいるある人を知っている。私が思うに、その人は牢屋に行くことをむしろ喜びとする人だった。彼は路上で宣べ伝えたために牢屋に入れられた。人々は彼に許可証を与えようとしたのだが、彼はそれを受け取ろうとせず、宣べ伝えては牢屋に入れられることを繰り返した。それには多少利己的な動機があって、彼は迫害を求めていたのかもしれない。しかし、本物を得るとき、迫害を求める必要はなくなる。知らぬ間に迫害がやってくるようになる。ある人々は、「人々は彼らがイエスと共にいたことを知って」と述べている使徒行伝四章を読んで、「本物を得るなら、すべての人が自分たちのようになる」と思っている。しかし、その章の続きを読んで、弟子たちがイエスと共にいたことを知った時、人々は弟子たちをどうしようとしたのかを見なければならない。人々は弟子たちを殺そうとしたことがわかるだろう。神はわれわれの愚かしさや誤謬からわれわれを救って下さる。神はさげすまれているものを選ばれた。神は追放されたものを用いて下さるのである。

この人が会堂から追放されたのをイエスが聞かれた時、イエスはその人を受け入れられた。われわれが拒絶され、さげすまれ、追い立てられ、散らされる時、神はやって来てわれわれに勝利を与えて下さる。教会が最大の力を持っていたのは、教会が迫害されている時、さげすまれている時だった。

メソジストたちが高い尖塔を持っていなかった時、立派な響き渡るパイプ・オルガンを持っていなかった時、会衆の中に神学博士や法学博士や哲学博士がいなかった時、学校や図書館がなく、今のように地上で人気や名声を博していなかった時、その時、今では一人の回心者しか得られない所で彼らは十人の回心者を得たのである。彼らは「さげすまれ」、「メソジスト」という名称が蔑称として付けられた。彼らには何の方法もなかったからである。今の彼らにそう言うことはできない。

初期のクエーカーたちを例にあげよう。この人々はわれわれを吊して燃やしてくれたものだった。彼らは、いま私たちがあなたたちに宣べ伝えているのとまさに同じ福音を宣べ伝えて、人々を吊したのである。そしてその当時、神の力が国中に広まったのである。クエーカーたちが全員牢屋に入れられて、十歳や十二歳の子供たちが、自分の父親たちが牢屋にいる間、奉仕を続けた時、今の「クリスチャンの自由時代」よりも、明らかに多くの力があった。この説教者たちは屋外で膨大な数の人々に説教することもあった。そして、昔ながらの神の屠る力の下で、数百の人が草の中に倒れたのである。

原始的な敬虔さと力に立ち返りつつある者たちもいる。私は、われわれ自身の教会で、全会衆が神の力の下で倒れるのを、時々見てきた。今日、ある人が「昨晩見たようなことを、これまで見たことがあるかい?」と言った。私は極めて静粛で堅苦しい集会中、あなたが見たのより四、五倍凄いのを見てきた。その集会では、火が祭壇から後の入口まで嘗め尽くし、至る所に広まったのである。われわれはそのせいでさげすまれている。われわれは羊皮及び山羊皮団に属している。この団員にこの世はふさわしくない。われわれがこの世にいるのは、この世を改革するためではない。「この世は丸ごと救われるようになる」とは、われわれは信じない。われわれの義務は、人々が救命船に乗って救われるようにすることである。われわれがここにいるのは、大きな施設を組織するためではない。われわれがここにいるのは、神がわれわれを仕上げて下さるまで、神のためにささやかな奉仕をするためである。その後、われわれは天に行くのである。

救世軍の将校が十九世紀に六百人投獄された時、彼らは神による力を今晩の四倍持っており、人々の数も四倍だった。彼らが通りで歌い、祈り、叫んだ時、雪や泥や石が彼らに投げつけられた。そして、彼らが牢屋に入れられた時、彼らは力を得たのである。

私は神に祈る。どうか神が今日、語るに足る迫害が起きるほどまでに悪魔の敵意を引き起こす民を起こして下さいますように。神は「さげすまれているもの」を用いて下さる。悪魔がある人と手を切る時、主はその人を拾い上げて下さるのである。

「ひとかどの者」になりたがる人々がここにもいる。まあ、あなたがそうなることは決してない。あなたは今あきらめた方が良い。なぜなら、あなたはそもそも汚泥であり、あなたが少しでも良くなる唯一の道は、救われて、聖められ、聖霊に満たされることだけだからである。

ヨシュアが「自分は将である」と思っていた時、神の御使いがヨシュアに会った。ヨシュアが「あなたはどなたですか?」と尋ねると、御使いは「私は主の軍勢の将である」と答えた。そこで、ヨシュアは「私は自分が将だと思っていました」と言い、明け渡して、御使いを将として認めた。この時、われわれは理解したのである。主の御使いが主の軍勢の将であることを。そして、その場所で、われわれは明け渡すのである。しかしわれわれは、この「二流の」民と運命を共にするのをためらいがちである。神は常に二流の民を選ばれる。「一流の」民に対して、神にはなすすべがない。

この栄誉の一覧にある次のものは、卑しいものである。神は、この地上をかつて歩んだ人々の中で、最も卑しい者たちを選ばれた。例えば、聖アウグスチヌスである。彼はみだらなだけでなく、その体は不品行の結果文字通りボロボロだった。しかし、神は彼を選んで救い、その体を癒された。それで、彼は聖アウグスチヌスとして知られるようになったのである。神は半世紀の間、彼を何ものにもまして用いられ、その後、彼を故郷に連れ帰られた。彼は、かつてこの地上を歩んだ人々の中で最も卑しい者の一人だったにもかかわらずである。

神はウォーター・ストリートからジェリー・マッコーリーを選ばれた。その都市の白ネクタイをした説教者全員がなしうる以上に、ご自身のために事を成し遂げるためである。その住宅地区には、任命を待つ人が大勢いた。しかし、神は仕事をしていない人を決して用いない。誰かに何かをしてほしい時、神は一生懸命仕事をしている人を常に選ばれる。ジェリー・マッコーリーには仕事があった。人々は地獄の中に何も望んでいなかったが、この人にはやりたくないことは何もなかった。それで、神は彼の中に良い資質をご覧になり、彼を悪魔どもの中から取り出して、天使たちの中に置かれたのである。

ボワリー地区の通りを歩んだ人の中で最も卑しい者の一人は、かのひ弱で小柄なジェシー・デビーである。彼女は路上生活を十三年送って、二十六歳だった。これを考えてみよ。それでも神は彼女を選んで召し、マルベリー・ベンドに落ちぶれた女性のための素晴らしい救護施設を造られたのである。この救護施設は、この数年来、神の恵みの素晴らしい記念碑だった。神は「卑しいもの」を選ばれるのである。

われわれは、神が選ばれるものなら何でも、それと共に立つことを学んできた。選ばれるものが何かある時は常に、神にわれわれを選んで欲しいからである。それで、われわれは神の隣にいる人々と共に立つ。たとえ他の方法で彼らと共に立てなくても、彼らのために祈ることはできる。そして、そうするなら報われるのである。

あなたたちにはもう一回だけチャンスがある。しかし、あなたたちの中にはまだ中に入っていない人がいる。すぐ中に入らないなら、あなたは神の民と共に会することはない。神は「愚かなもの」「弱いもの」「さげすまれているもの」「卑しいもの」を選ばれた。最後に神は「無きに等しい者」を選ばれた。ああ、あなたはすぐ中に入った方がいい。

神は有るものを無いものとするために、無きに等しいものを選ばれる。愚かで弱いと喜んで見なされること、そして、人々が「お前は低能だ」と言うのを喜ぶことは、素晴らしいことである。さげすまれ、拒絶され、散らされ、町から追い出されることは、素晴らしいことである。これは素晴らしいことであり、幸いである。卑しい人々であると喜んで見なされることは、素晴らしいことである。しかし、それ以上に素晴らしいのは、「まったく無きに等しい者」と喜んで見なされることである。パウロはそのような人だった。彼は言う、「私ではない。私は過ちを犯す。私ではなく、イエス・キリストである」と。「私はキリストと共に十字架に付けられた」「キリストはすべてのすべてである」と彼は宣言した。

われわれが視界から「消え去って」、神の御子が前面に立たれる経験を、われわれはすることができる:そのとき、われわれは無であり、評判も、払うものも、得るものも、失うものもない。すべては火の中に失われて、われわれはすべてを得たのである。したがって、われわれはいかなる危険もおかすわけではない。われわれには悪魔がわれわれに与える以外の評判はない。そのようなものを顧慮する必要は無い。自分たちの評判を気にして走り回る連中もいる。私はある鍛冶屋のことを思い出す。その鍛冶屋に人々は、「批判されている点を調べてみよ」と忠告した。「お前の評判は台無しになってしまうぞ」と言ったのである。その時、鍛冶屋は金敷の上で金槌を打っていたのだが、「そうなったら、すぐに別のものを打つさ」と答えた。そのように、私は宣べ伝えたくて仕方がない。もし人々が私の評判を奪い取るなら、私は新しい人に宣べ伝える。人々がその人をも取り去るなら、私は別の人に宣べ伝える。私が思うに、その都度、前よりも優れた人が得られるだろう。

ニューヨーク・ヘラルド誌が私のことを取り上げて、約百万の人々の間に私の噂を流した時、人々は「返答するべきである」と言った。私はこう言った、「私には時間がない。宣べ伝えているからである。ニューヨーク・ヘラルド誌ごとき小物にかまけている時間がどこにある?」。フィラデルフィアの数々の新聞が私をやり玉に上げた時、人々は「連中を火だるまにするべきだ」と私に言った。私は言った、「連中のほとんどはもう火だるまになっているし、それだけではない。連中の苦しみの煙は永遠に立ち上ることになる。連中は相当苦しむことになるだろう。私はそれに何も付け加えようとは思わない。連中はただで私のことを宣伝してくれた。連中は宣伝してくれているのだ」。

「過去三十日の間に、私は四つの招待を断って、一つの招待を受け入れた」と言っても、傲慢ではないと私は信じる。しかし、説教者たちが座して職を探しているのを私は見かける。彼らは諸々の聖潔の新聞に広告も出している。神がわれわれを憐れんで下さいますように。ああ、愛する人たち。あなたたちが無になる時、決して動揺しなくなることを、あなたたちは知っているか?私はあなたたちに言うことができるのだが、聖職者たちや諸々の新聞が私を非難した時ほど、子供の時のように気持ちよく眠った時はなかった。私は自分の魂の中で十日の野外集会を持ったのである。

さあ、あなたたちは喜んで、取るに足りない者、無価値なものになって、退かなければならない。われわれが「愚かなもの」、「弱いもの」、「卑しいもの」、「さげすまれているもの」について話している時、あなたたちはその周囲をうろついていた。あなたはそのようなものを好んでいなかった。しかし、これがあなたの最後のチャンスである。取るに足りないものになることは、完全に聖められることを意味する。人々があなたを蹴って、転ばし、ひっくり返しても、不平を鳴らさないことを意味するのである。

ああ、何かが起きて人々を覚醒させ、彼らの中にある最善のものを神のために引き出してくれますように。あなたはいま来て、神に罪を殺すバプテスマをあなたの魂に送ってもらえ。そして、高慢や虚栄をすべて追い出してもらって、神の足下で溶かしてもらえ。そうするなら、神はあなたを用いてなすべきことを用意し、あなたを用いて下さる。そして、あなたは「無に等しい者」の一人である幸いな時を過ごすだろう。

オハイオ州シンシナティでの説教、一八九八年十二月七日