キリストの勝利と分捕り物

笹尾鉄三郎

「強きもの武具をよろいておのが屋敷を守るときは、その持ち物安全なり。されどさらに強きもの来たりてこれに勝つときは、頼みとする武具をことごとく奪いて、分捕り物を分かたん」(ルカ十一・21~22)。

21節の強きものとは悪魔を指す。世にどんな英雄豪傑があっても、悪魔は彼らよりもはるかに強くかつ賢い者である。彼は六千年来万民や帝王の上に立ち、空中の諸権を握っている。彼の鎧は暗黒とその力である。彼の武器は世の物すなわち目に美しい物、肉に楽しい物、及び名利等である。真理に似て非なるもの、すなわち新神学、異端説、空言な哲学等もまた彼の武器である。彼はこの武器によってアダムとエバを始め古今万国の人を襲撃し、驚くべき勝利を得た。そして彼の手には恐るべき鉄鎖また鞭がある。これはすなわち、

罪悪と疾病

である。こうして彼はこの世と人間の心とを占領してその邸宅としている時、人間の魂と体とは全く彼の所有となり、誰もこれを彼の手より奪い得る者なく、彼はその所有安全であると思っていた。ああ、今もいかに多くの魂が悪魔の毒手に堅く握られ、罪悪の鉄鎖に束縛され、いかに多くの身体が疾病という桎梏に入れられてうめきつつあることであろうか。未信者はもちろん信者でもまだ潔められず、なお古き人を心中に持つ者、及びその身に諸種の疾病ある者はみな悪魔の捕慮である。

我ら人類がこの悲しむべき状態に陥ったのは、もとより悪魔が猛悪かつ狡猾であるからとは言うものの、責任はやはり我らにある。自由意志ある我らが神にところを得させないで、わが身心において悪魔にところを得させたからここに至ったのである。しかし、我らはどうしても敵の手から自己を救い出し、罪と病より自己を解き放つことはできない。「ああ、われ悩める人なるかな。この死の体より我を救わん者は誰ぞ」と叫び、まさに失望に沈まんとしたが、

敵より強き者すなわちキリスト

は我を救うために天より駆けつけたもうた。彼はまず我らの責任を自ら御身に負いたまい、神に対しては我らに代わって義しい刑罰を受けたまい、罪をも病をも贖いたもうた。

「木の上に懸かりて、みずから我らの罪をおのが身に負いたまえり」(ペテロ前二・24)。

「自ら我らの患いを受け、我らの病を負う」(マタイ八・17)。

加えてわが強き者であるキリストは十字架の上においてわが強敵悪魔を全く打ち破りたもうた。「これは死の力を持つもの、すなわち悪魔を死によりて滅ぼし、かつ死の恐れによりて生涯、奴隷となりし者どもを解き放ちたまわんためなり」(へブル二・14、15)。

「また政事を執る者と権威ある者(悪魔とその部下)を滅ぼし、彼らを罪人に示し、キリストによって勝ち誇れり」。実に十字架は

不思義なる勝利

であった。人間は座禅や修養や鍛錬やその他何ものによっても悪魔に勝つことができなかったのであるが、主は我らのために勝利を得たもうた。これは理論や感情ではとても味わうことはできないが、ヘリくだって十字架に頼る者にはわかる。これは神の奥義の知恵であって、世の知者学者も悟ることができないが、神はその霊でこれを我らに供したもうた。

「勇士が奪いたる獲物をいかで取り返し、強暴者がかすめたる虜をいかで救い出すことを得んや。されどエホバかく言いたもう。曰く、勇士がかすめたる虜も取り返され、強暴者が奪いたる獲物も救い出さるべし。そはわれ汝を攻むるものを攻めて汝の子らを救うべければなり。しかしてよろずの民はわがエホバにして汝を救う者、汝を贖う者、ヤコブの全能者なることを知るべし」(イザヤ四十九・24~26)。ハレルヤ。この勝利の大将、この完全な贖者、この全能なるイエス・キリストは、

今われらに近づき

「汝らのうち苦しむ者あるか、誰か病める者あるか」と問いたもう(ヤコブ五・13~14)。昔ベテスダ(恵みの家との意)の池辺には病者、盲人、あしなえまた衰えた者など多く伏して水の動くのを待っていたが、その一人は三十八年病める者であった。イエスは彼が伏しているのを見て、その病の久しいことを知り、

「なんじ癒えんことを願うか」

とのありがい御言をかけたもうた。今も同じ主は悩めるあなたにかく言いたもう。かの病める者答えて「主よ、水の動くとき、我を池に入るる者なし」と申したが、今もこのような感を抱いている者が多くある。我とわが願う恵みとの間に距離があって、我に歩む力がなく、「我を池に入るる者なし」とはあなたの感ではないか。「イエス言いたもう『起きよ、床を取り上げて歩め』。この人ただちに癒え、床を取りあげて歩めり」(ヨハネ五・2~9)。生けるベテスタなるイエスは自ら近づき、すぐさま全き癒しを与えたもうた。このイエスは今われらの真中に立ちいたもうて、信ずる者を全く潔め、全く癒したもう。悩める者よ、そのままイエスに来られよ。あなたの犯した罪、もしくは原罪、もしくは病を言い表し、その身を全く神に献げ、いかようにも聖旨に服従する決心をもってイエスに信頼されよ。そうすればキリストの勝利は今あなたの勝利となり、あなたの身も魂も残る生涯もキリストのものとなり、神の栄光を現すことができる。