序文

A. B. シンプソン

A.B.シンプソン博士は、旺盛な活動の生涯を送る特権、そして、多くの経路を通してごくわずかな人しか享受できないほどの豊かさで奉仕する生涯を送る特権を授かりました。満四十年間、休息や余暇はほとんど一日もなく、彼は自分の霊的・精神的命の富を、無尽蔵と思われるほどの流れで注ぎ出しました。彼は大都会の教会の牧者であり、この教会は彼の指導の下で大いに栄えました。特別な奉仕や大会では、彼のメッセージが常に必要とされました。急速に成長しつつある宣教団体の総裁として、多くの異なる国々にある諸教会をすべて顧みる負担を、彼はもっぱら自分の精神と心に担いました。支援の保証や通常の支援要員無しに新しい動きを推進する際に持ち上がる財政上の諸問題は、それだけでも大仕事でした。彼はペンを走らせたので、出版局の印刷機は稼働し続けました。霊的な教えに関する約八十冊の本が、一般読者の用に供されました。無数のトラクトや一時的な小冊子の他に、少なくとも二千の彼の説教が出版されました。彼は百以上の詩歌を作曲し、その多くは広く出回っていますが、必ずしも作者が明らかにされているわけではありません。彼は多くの義務を抱えてたいへんでしたが、彼のメッセージは常に説教術の完成型といえるものであり、彼の本同様、入念な準備の跡がうかがわれるものでした。

この素晴らしく有用な務めの秘訣は何だったのでしょう?彼は並々ならぬ才能に恵まれており、早々と完全に準備を済ませていたことはわかりますが、他方、次のこともはっきりさせなければなりません。すなわち、注ぎ出された命のこのような絶え間ない流れを説明しうる唯一の理由は、彼が神を秘密の泉として認識していたことなのです。シンプソン博士は、「わたしが与える水は、その人の内で、永遠の命へと湧き上がる水の泉になります」という約束の効能を見事に描写しました。自分自身の経験により、彼はキリストの命の現実性を描写したのです。このキリストの命を、彼はこの書物で実に魅力的に示しています。

福音の奉仕者に任命されて五十年目に、彼は最初の赴任地であるオンタリオ州のハミルトンに戻って、特別集会に出席しました。そこで彼は次のような証しをしました。

「五十年前、あなたたちに話をしているこの私は、今晩、この聖なる場所で任命を受けました。私は二十一歳の若い野心的な牧者であり、謙らせる神の諸々の学課をまだ学んでいませんでした。この学課を私たちが自ら進んで学ぶようになるやいなや、神は真実な愛により、喜んで私たちにこの学課を教えてくださいます。私は自分が受けた光に対して誠実であり、熱心でした。しかし、ハミルトンで九年間活発に奉仕した後ですら、私は霊の命と力に関するさらに深い学課を学んでいませんでした。この学課を神が喜んで私に開いてくださったのは、神が私をこの場所から移された時でした。イザヤ書の中に素晴らしい節があります。その節が私たちに告げるところによると、御霊が高き所から注がれる時、荒野は沃野になり、沃野は森になります。この経験が私に臨んだ時、大いに実を結んでいた以前の奉仕の野は、突如として、不毛で干からびたものに映るようになりました。そして、真の奉仕はまだほとんど始まっていないように感じたのです。

私は言いようのない感謝をもって、あの孤独な悲しい夜のことを思い返します。その夜、多くのことで過ちを犯し、あらゆる点で不完全だった私は、夜が明ける前に、それがまさしく文字どおりの死を意味するとは知らず、心を完全にささげたのです。その時、主が私の中に入ってこられました。主は、パトモス島のヨハネに現れた時のように、私にとって現実的な方でした。全く明け渡して私が最初に発した言葉は次の言葉でした。

『イエスよ、私は自分の十字架を負い、
 すべてを捨ててあなたに従います。
 貧しく、軽蔑され、見捨てられますが、
 今より後、あなたが私のすべてです。』

これに続く安息日の朝、私はこの詩を公表して、真心をこめて歌いました。その時ほど、このように大きな喜びの感動を、おそらく、私は経験したことがありませんでした。もし神がご自身の住まいと栄光のために、私の生涯をささやかな宮とすることをよしとされたのだとすると、また、もし神が私をこれまで少しでも豊かに用いてくださったのだとすると、それはあの時のおかげです。そしてこれからも依然として、聖別され、十字架につけられ、キリストにささげられた生涯という、あの時に確立された原点に応じて、神は私を用いてくださるでしょう。」

シンプソン博士の多くの詩歌の中でも、本書の冒頭にある「ただイエスのみ」という題名の詩歌が、おそらく彼の証しをすべて最もよく代表しています。彼はキリストをあがめるために生きました。彼の大望は、十字架につけられて復活した人の命を通して愛と御力を表す全き機会を主に得ていただくことでした。

この小著はこれまで多くの人々に、勝利と有用性に導く聖書的道を示してきました。そして今、本書を通してさらに多くの人が「キリスト生活」の享受の中に入られるよう願いつつ、本書をさらに広く頒布することにいたします。

ウォルター・M・ターンブル