緒言

サンダー・シング

金井為一郎 訳

(オリーブ園編集版)

第一の幻

ある暗い闇の夜、私は祈ろうとして一人森の中に入って行った。そして岩の上に座って神の前に自分の切実な要求を持ち出して助けを求めた。暫くすると、一人の貧しい人が私の方に来るのを見て、空腹と寒さで何か助けを求めに来たのだと思った。私は彼に言った。「私は貧乏人で、この毛布以外には何も持っていない。近くの村に行って、そこで助けを求めた方が良い」と。しかるに視よ!私がこう言っている間にも、彼は稲妻のように閃光を放ち、そして、祝福の雫を降らせつつ、忽ち姿を消した。ああ!ああ!今や私には、この人が私のような貧しい者に物乞いをするために来たのではなく、私を祝福し、豊かにするために来られた愛する主であることがはっきりとわかった(二コリント八・九)。そこで私は自分の愚かさと洞察力のなさを泣き悲しみ続けるしかなかった。

第二の幻

別の日、仕事が終わると、私は再び森へ祈りに行き、同じ岩の上に座り、どんな祝福を願おうかと考え始めた。

そうしていると、別の人が来て私のそばに立った。その者は、身なりや服装、話し方から判断すると、敬虔で献身的な神の僕に見えた。しかしその眼は奸智と狡猾さで輝き、話す時には地獄の臭いを漂わせているようだった。

彼はこう私に語りかけた、「聖なる尊い御方よ、あなたの祈りを中断し、プライバシーを侵害することをお許しください、他人の益を図るのは人の義務ですから、私は重要な問題をあなたに申し上げるために参りました。あなたの純粋で私心のない生活は、私だけでなく、多くの敬虔な人々に深い感銘を与えてきました。しかし、神の御名において、あなたは他人のために体も魂も犠牲にしてきたにもかかわらず、正当に評価されていません。私が言いたいのは、あなたがキリスト信者でいることで、あなたの影響を受けたキリスト教徒はわずか数千人しかおらず、その中にはあなたを信用しない者もいるということです。あなたがヒンドゥー教徒やイスラム教徒になり、偉大な指導者となられたら、どれほど素晴らしいことでしょう。彼らはそのような霊的指導者を求めています。もしあなたが私のこの提案を受け入れてくださるなら、三億一千万人のヒンドゥー教徒とイスラム教徒があなたの信奉者となり、あなたに敬意を表すでしょう。」

これを聞くや否や、私の口から次のような言葉が飛び出した。「汝サタンよ!ここを去れ。お前は羊の皮を着た狼である事が直ぐにわかった!お前の望みはただ一つ、私が十字架と命に至る狭い道を捨てて、死への広い道を選ぶことだ。私の主こそが私の分け前であり、私の分である。主は自ら私のために命を捧げてくださった。私にとってすべてのすべてである方に私の命とすべてをいけにえとして捧げることは、当然の務めである。だから去れ。私はお前と何の関係もないからだ」。

これを聞くと彼は怒りに震え、ぶつぶつと唸りながら去って行った。そして私は、涙を以て、祈りの中で神に自分の魂を注ぎ出した。

「私の主なる神、私のすべてのすべて、私の命の命、私の霊の霊よ、どうか憐れみをもって私を顧み、あなたの聖霊で私を満たしてください。そうすれば、私の心はあなた以外の何ものも愛さなくなるでしょう。私はあなたから、あなたご自身以外の何ものも願いません。あなたこそ命とそのあらゆる祝福の与え主だからです。私はあなたからこの世の宝を求めず、天さえも求めません。ただあなただけを私は望み、慕い求めます。あなたのおられる所こそが天です。私のこの心の飢え渇きは、それを創られたあなただけによってしか満たされません。おお、わが造り主よ!あなたは私の心を、ご自身のためだけに創られました。他のだれかのためではありません。それゆえ、この私の心はあなた以外に安らぎも慰めも見つけることができません。あなたこそ、この心を創り、そしてその中に安らぎを求めるこの切なる願いを植え付けられた方です。どうか私の心から、あなたに敵対するものをすべて取り除いてください。そして、そこに入り、とどまり、永遠に治めてください。アーメン。」

私が祈りから立ち上がると、一つの輝く存在を見た。彼は光と美をまとい、私の前に立った。彼は一言も語らなかったし、私の目は涙に濡れていたため、はっきりとは見えなかった。しかし、彼から稲妻のような命を与える愛の光線が力強く振り注ぎ、私の魂の中に入り込み包み込んだ。直ぐに私は愛する私の救い主が私の前に立っておられることを悟った。私は直ちに座っていた岩から立ち上がり、彼の足下にひれ伏した。彼は私の心の鍵を手に持っておられ、その愛の鍵で私の心の奥の部屋を開いて、それをご自身の臨在で満たしてくださった。それで私が内側を見ても外側を見ても、どこを見ても、ただ彼しか見えなくなったのだった。

その時、私は悟った、人の心こそ神の王座であり砦であることを、そして、神がそこに入って住まわれるとき、天が始まることを。

この数秒間、彼は私の心を満たして、驚くべき事を語られた。私がたとえ多くの書物を著しても、そのすべてを語り尽くすことはできない。これらの天の事柄は天の言葉でしか説明できず、地上の言葉では不十分だからだ。それでも私は、主から幻を通して自分に与えられたこれらの天上の事柄のいくつかを書き留めてみたいと思う。私が前に座っていた岩の上に主は座り、私はその足下にひれ伏し、かくて主とその弟子との間で以下の会話が始まったのである。