「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。(中略)すべてのものは、彼によって成った。成ったもので、彼なしに成ったものはなかった」(ヨハネ一・一~三)。
永遠の言(ロゴス)は、すべての時間と宇宙創造以前から存在していた。彼を通して、万物――生物も無生物も――は存在するようになった。命なきものが自ら存在を成すことは不可能であり、また生き物を生み出すこともできない。なぜなら、命は命によってのみ生まれ、すべての命の源は神だからである。神はその創造の力によってすべての無生物を造られた。そして、それらの中に命を吹き込み、被造物の中で最も高等な人の中には「命の息を吹き込」まれた。すると、「人は生ける魂となった」。「神は人をご自身のかたちと似姿に創造し、人に全地を支配する権を与えられた」。
一、創造における神の目的は、ご自身の存在の何らかの欠け目を補うことではない。神ご自身は完全だからである。しかし、神が創造されるのは、創造することがその御性質だからである。神が命をお与えになるのは、命を分け与えることが、命を与える御力と御業のまさに本質だからである。そして、その創造物によって人々を幸福にし、その命を与える臨在によって彼らに真の喜びを与えることが、神の愛のまさに本質である。私たちが被造物から得る幸福には限りがある。神だけが、人間の心の必要を完全に満たし、全く満足させることができる。もしこの喜びを持たない人々がいるなら、それは彼らの無知、あるいは神に対する不従順と反逆の結果である。
二、見える世界と見えない世界には、無数のものが存在する。これらの無数の種を通して神の無数の属性が現される。それぞれの種は、それぞれの能力に応じて、神の性質の何らかの側面を反映している。 罪人を通してすら、神の父なる愛が現される。神は彼らに、悔い改め、ご自身にあって平安と喜びに満ちた永遠の命を得る機会を与えてくださっているからである。