一、人々が文明国の外面的な習慣や生活様式を取り入れたとしても、それらの国々がそれによって進歩した根本原則を受け入れないなら、その結果は破壊的なものとなるだろう。
この世の諸々の政府は、神が王であられる天の政府の写しにすぎない。それゆえ、この世の政府は、あらゆる善と秩序の源である神が行政官と市民、支配者と被支配者の心を治めておられないかぎり、衰退し、崩壊していくだろう。ある人々は、神なしで道徳的な生活を送ることを願うが、神なき道徳は空虚であり死んだものであることを忘れている。
二、霊的な進歩がなければ、この世の進歩は見せかけであり、偽りである。というのも、この世の進歩は他者の犠牲なしには達成されないからである。人々は競争の中を走るが、勝者は他者を追い越すことによって勝つ。彼の勝利は他者の敗北によって成り立っている。ある商人は他者を犠牲にして財を築く。一方、霊的な進歩は真実である。なぜなら、ある人の進歩は、他者の成功を助け、またそれにかかっているからである。経験が証明するように、他者の益のために働く者は、しばしば自分でも気づかぬうちに助けられているのである。