一、ヴェーダーンタによれば、神(ブラフマン)のみが実在であり、それ以外のすべては幻影である。人間の魂は神と同一であるが、人の無知のために乖離しているように見える。もしこれが真実ならば、神もまた幻影に支配されているということになる。その場合、神は神ではありえない。神は真にあらゆる幻影から自由であり、すべてをご存じである。ヴェーダーンタの信奉者たちはまた、深い瞑想(サマーディ)において、信者が知識によって幻影(マーヤー)を脱却すると主張する。しかし、疑問が生じる――もしすべてが幻影であるならば、サマーディに没入した信者と、その状態から得られた知識が幻影ではないと、どうしてわかるのか。
二、もしヴェーダーンタの教えが真実であると認めるならば、神もまた――人は神と同一なので――進化の過程にあり、幻影と流転を通して完全に至ろうとしているのだと認めざるをえなくなる。もしマーヤーが神のためにこれを行わないというなら、ヴェーダーンタの信奉者たちは、マーヤーの第一原因は何か、どのような行為の結果として私たちはマーヤーに巻き込まれたのか、そしてマーヤーの目的と最終的な善は何かを説明しなければならない。実際のところ、神はすべてのものの中におられ、すべてのものもまた神の中にある。しかし、神はすべてのものではなく、すべてのものも神ではない。創造主とその被造物とを混同する者は無知の中に沈んでいるのである。