もし人罪を犯せば我等のために父の前に保恵師あり即ち義なるイエスキリスト彼は我等の罪の挽回の祭物なり(一ヨハネ二・一、二)。
この時尚身体の苦痛は烈しく如何に信仰に立っているとはいえ、実に苦痛に堪えず、然れどこれを避けることも退くることも出来ず苦痛は苦痛として忍ぶより外なく、いよいよ戦いは烈しく絶頂に達したる時、十日夜一時半頃であった。突然上より挽回の祭物という声が心に響いて来た。計らずも上を仰ぎたるに、ヨハネ第一書二章一節二節にある恩恵の法廷が開かれありて其の光景を示された。即ち裁判長として高くあがれる宝座に座し給うは父なる神で、保恵師として其の所に立ち給うは義なるイエス・キリスト様で、又遙か下段の被告の席に着くは死の宣告を受けた小子なる僕であった。何たる恩恵の法廷であろうか、独子を賜うほどに我等を愛し、如何にもして無罪の宣告を与えたいと、十字架の贖いをさえ立て給うた愛のお父さまが裁判長である。又我等の弱きを思いやり、彼は小子なればと御自身の御血潮の勲功に訴え、何処までも無罪を主張せねば止み給わない。保恵師は救い主イエス・キリスト様であった。この時私の心に忽ち一大変化が起こった。これまでは多少遠慮のあるような祈りであったが、この時計らずも、お父さま、お父さまと口より迸り出で、全く小子になり、お父さま今日まで十二年あまり、僕の為して来たことを、お父さまの方より御覧になれば、総てが失敗と過ちばかりで、ただ聖旨を痛めたことばかりですが、愚かなる弱い僕の方より申しますなら、如何にもして聖名をあがめたい、聖旨のなるようにと、一切のことを打ち忘れて、ただ一生懸命に尽くして来たのです。一日として私のために生きた日はありません。今聖栄のために御馬前に殉教するというのなら何も申し上げることはありません。然れど病の床に倒れることは出来ません。どうぞ今一度癒して殉教させて下さい、とだだをこねるように、お父さんの愛と憐れみの聖旨に頼り縋った其の時、『此は死ぬる病にあらず神の栄のためなり』、あまりにも大きな声にて喫驚していると更に続いて、『神の子をして之によって栄を得しめんがためなり』との聖声は恰も百雷の轟くが如く僕の肺腑を貫いた。これまで神癒については必ず癒さるると信じて来たが、しかし癒さることが聖旨か召さるることが聖旨なるかについて多少の懸念もあったが、此は死ぬる病にあらず、神の栄のためなり、との聖声が肺腑を貫いた時信仰は溢れて最早大丈夫という確信は満ち満ちて来た、その時更に『石を除けよ』と再び聖声はひびきたれば、主よ石を除けます信じましたと答えたる其の瞬間、『視よ、汝すでに癒えたり』との聖声にて自らに帰って見れば、癌腫は雲の如く消え、霧の如く散って痛みも苦痛もなく、全く聖言の如くすでに癒え居りたれば、思わず知らず歌は溢れ出で、手を打ち鳴らし、歓喜の声をあげ
ハレルヤ ハレルヤ
エスすくいぬし われをすくえり
ハレルヤ ハレルヤ
エスのめぐみを かんしゃせん
と暫時は時の移るも知らず、神をほめたたえた。然して翌午前五時に至り醒めて見るに、病が癒されたのみならず更に上よりの能力を全身に覚え、いよいよ神癒の確信は満ちて、この確信と能力により、世の悩める人々を救い得ると思う時、更に歓喜は溢れ希望は輝きてやや暫く聖名と御血潮を讃めたたえた。
更に続いて示されたことは今日までの誤った使命を立て直すことであった。初めに示された如く主イエスは弟子等にただこの上よりの権威と能力とを授けて遣わし給うた。されどペンテコステ以前の弟子等はイスラエルの迷える羊の外に行くなかれと制限せられたが、一度聖霊のバプテスマを受けた時、『天のうち地の上の凡ての権を我に賜れり、このゆえに汝等行きて万国の民にバプテスマを施し、之を父と子と聖霊の名に入れて弟子とし、且つわが凡て汝等に命ぜし言を守れと彼等に教えよ』と命じ給うた。而して弟子等のために会堂を建て或いは伝道館を設立して任命したのではない。彼等一度この能力を受けた時に美しの門の足萎えを癒し、神の権威と能力、彼等によって顕れたため、遂に三千五千の救わる者起こり、教会は彼等の働きの実として生命の表顕として至る所に起こされた。
故に将来の使命は教派の拡張にあらず、伝道館の設立にあらずして、上よりの能力の授けられたる器を養成することである。従って活水学院の将来に於いても全く今日までの面目を一新し、祈祷によって祈り出され信仰によって生み出されたる神の人を作ることは目下の急務中の急務にして、この一事こそ主なる使命なることを示された。
注
第一 信仰の動作
この奇しき御行に与った内に最も必要なる第一のことは信仰の奥義であった。信仰は安息なるも、一面活ける信仰は活動するものにして動作が必要である。例えば主イエスが中風の者に床を取り上げ、立ちて歩めと命じ給える時立ちて歩みたるが如く、かの信仰と事実との戦いは頂上に至り、もし苦しいから、痛いからと言うてそのまま倒れて居る時は魂の内には信仰は働くであろうが身体の内には信仰働かず、そのまま信仰は沈殿して死物となってしまう。所謂ヤコブが信仰も行いを兼ねざれば死ぬるなりと言いしもこの事である。
かの苦しみの最中、とても立ち上がる勇気なく、身体疲れ、気力衰え、如何に信じて歩まんとしても何の手応えもなく、これでは仕方ないとそのまま病苦に圧迫せられ、ただ体を安静にしている時は信仰の力は少しも身体に働かずして、そのまま病勢いよいよ募り、倒れてしまうのが普通である。その時何の手応えなくとも身に何の印なくとも、そこを信じて一歩踏み出す時に、神の力はここに働きて、信ずる者の内に働く大いなる能力を体験するものである。これは恰もヨルダンの川渡りの如く、水の別れるを待ち居る時は踏み入る時なきも、信仰を以て死の川に踏み出すや否や、水開けて甦りの力は身に加わるのである。
かの時の私の経験は霊に於いても肉に於いても全く力つき果て、そのまま暗の力に圧倒せらるの外術なしと思う時に、自らを頼まず死にし者を甦らす神を信じ、その信仰に立ちて信仰の動作を始めし時、甦りの力を体験した。
信者にして病気に罹り、医者の勧めによりて安静し、体の働きを全く止める時、信仰も共に死んで如何に祈るとも少しの力も覚えず、そのまま倒るるもの少なからず、然れど始めより御言に従い信仰の働きを為す時神の力加わり、遂に信仰によって勝利を得るものである。この度の病についてもこの動作の必要なることを示され、始めより一日として臥したるまま一日中を過ごしたることなし。必ず朝起きれば一度床を払い、信仰に歩みつづけて遂に病勢の下敷きとならず、何処までも攻勢を取って進みつづけたるは勝利の秘訣なることを深く教えられた。
第二 応えらるる祈りの秘密
第二に示されたることは祈りの秘密であった。応えらるる祈りは父なる神の憐れみの心を捕らえて祈る祈りである。主イエスの御生涯を見ても常に父なる神の御憐れみの心に訴え給うたとは、しばしばバックストン師より承った所であるが、私の祈りの応えられたるも要するにここにあった。その癒さるるまでは今日までの失敗と過ちを悔い、ただ罪を赦したまえ、今一度憐れみ給えと祈りながらも何となく神を恐い神の如く思い、まかり違えば棄てる神の如く思いて、何となくその中に人心ありてこれなら聞かるるとの確信を有つこと能わず、又罪赦されたりと信ぜんとしても尚不安を有てるものの如くあった。然れど自ら失敗も過ちも忘れ、ただ天の父さまの御憐れみの腸を握み、子心となって自らの真相を告白し依り頼める時、直ちにこは死ぬる病にあらずとの御声響き亘った。これについて思うに罪を悔ゆることは元より必要である。又神の赦しを受くることは更に必要であるが、神の愛の御精神は我等が善きにも悪しきにもあれ、ありのまま寛いで告白し、父なる神に子らしき態度を取り、よりすがるその心根こそ神の喜び給う所にして、これが祈りの答えらるる秘密である事を示された。