霊的診断

エバン・ロバーツ

目次

診断 その一:
「勝利者」誌の過去の号に掲載されたいくつかの記事は、異教徒の間にいる私たちの何人かにとって実際的な助けになりました。私たちは助けを受けただけでなく、教えも受けたのです。私は助けと教えを受けたいと願っています。つきましては、できたら誌面上で一つの質問に答えていだだけないでしょうか。その質問はある人(クリスチャン)に関するものです。あなたはこれまでその人のために強い願いを持って祈り、彼女に取り憑いている「悪鬼」に対する勝利を彼女のために求めてこられました。彼女は自分の意志を悪魔に明け渡しており、自分自身を悪魔に明け渡すことを決意しているようなのですが、それでもあなたは「勝利」を求め続けることができるのでしょうか?
 人はどうすれば「強い人を縛って」獲物を奪い取る方法を知ることを願うようになるのでしょうか?私はそうすることを求めているのですが、この女性の場合、強い人は「縛られて」いません。

診断 その二:
(a)精神的抑圧や憂鬱はすべて、肉体的弱さに伴うものやその後に続くものであっても、サタンから来ているのでしょうか?
(b)私たちはどうすればこのように抑圧されている人々を助けて立ち上がらせることができるのでしょう?
(c)このような事例の場合、人々にカルバリの勝利を示し、彼らをローマ六章の立場に導こうとすることは、適切なことではないのでしょうか?
(d)人の中心的部分である霊から着手するのは正しいことではないでしょうか?それとも、「体を治せば、抑圧はなくなる」と言った方がよいですか?

診断 その三:
祈りだけで人々を精神的抑圧から解放することができるのでしょうか?人々を自由にするのは真理ですから、祈りだけでなく真理の知識も必要ではないのでしょうか?

診断 その四:
精神障害の場合はどうでしょうか?

診断 その五:
主イエスが「この類のものは祈りと断食によらなければ出て行かない」と言われたことについてはどうでしょう?なぜ、祈りと断食だけなのでしょう?苦しんでいる人は真理を知的に理解できないからでしょうか?それとも、悪鬼の何らかの特異性のためなのでしょうか?

診断 その六:
聖霊による確信と敵による罪定めの違いを見分ける方法について、私に何か光を与えていただけないでしょうか

診断 その七:
他の人の内にいる悪霊に対して対抗姿勢を取る前に、まず霊が完全に自分自身を治めるようになるのを待つ必要があるのでしょうか?

診断 その八:
もし生活の中にまだ完全には解放されていない一つの点が残っている場合、その人はそれに対して死んだという姿勢を取る一方で、他の人の内にいる悪霊に抵抗し、それに去るよう命じることはできるのでしょうか?

診断 その九:
(a)環境、(b)悪霊、(c)サタン、(d)敵、(e)霊的邪悪さ、(f)暗闇の力に対抗して祈るよう、新約聖書のどこに書かれているのか、と尋ねられています。この立場は聖書的であって、真理と事実とに霊的に合致しているのでしょうか?

診断 その十:
(1)人を恐れることから完全に解放される秘訣は何でしょうか?家で自由に話すことができないのです。(2)大声で祈ることは敵を利することになるのでしょうか?

診断 その十一:
今日の霊の「出現」は何を意味するのでしょう?というのは、私は幾つかのクリスチャン家庭でその例を耳にしたからです。これらの出現にどう対処すればよいのでしょうか?

診断 その十二:
私はこれまで長い間、悪鬼に取り憑かれたある人のために熱心に祈り、勝利者なる私たちの主のすべてに優る御名にひたすら嘆願してきましたが、いまだに何の答もありません。私は答が与えられるまでひたすら進み続けるべきでしょうか?それとも、直ちに答が与えられるための信仰を求めるべきでしょうか?あるいは、どれくらいの期間かは分かりませんが、答が与えられるまで待つべきでしょうか?

診断 その十三:
十八年前、ある女性の手相占い師が、私の手の一本の線を指さして、「あなたはいつか脳炎にかかるだろう」と言いました。回心した後、占いに関わるのは罪であることを私は学びました(申命記十八・十~十三)。それ以来、私は誰にも自分の将来を占ってもらったことはありません。
サタンはこの世の君であって将来のいくつかの出来事を知っており、手相占い師や占い師等を用いて人々に将来を示すことにより、人々を自分自身に引き寄せようとする、と考えるのは間違っているでしょうか?時々、私の手のあの線を見つめようとする誘惑に抗しがたく感じることがあり、それが私をおびえさせます。それはサタンの力であると私は感じており、私はこれから解放されたいのです。